夕食時間も終わり、片付けも済み、厨房の洗い場の食器の音が聞こえると朝食の準備チェックと明日にチェックインされるお客様の状況を確認して自分の部屋へ戻る。それが女将の嘉穂がやっと安堵する時間である。もちろん緊急の問題やお客様からのクレームでも発生すれば別だが、そんなことがないように願いながら社長である夫と晩めの食事となる。
食事が済んでテレビを観ていたら、歴史ある京都の旅館「柊家」の女将さんが俳優と京都市内を巡る番組がありずっと観ていた。和菓子やお気に入りの歴史ある小間物店も如何にも京都らしさが感じられ、京都へ行った際には立ち寄ってみたいなと思うことになった。
現在の女将さんの先代さんは黄綬褒章を受賞された有名な方だし、嘉穂は過去に読んだ書籍のことを思い出した。
それは「おこしやす」というタイトルで、柊家旅館で60年勤務された仲居さんであった「田口八重さん」が著されたもので、2009年2月24日に享年91歳でご逝去されていたが、1969年、日本で初めて仲居という仕事で黄綬褒章を受賞された人物で、柊家旅館ではその後も「ヒロ子さん」という仲居さんが受賞されている事実がある。
「おこしやす」は田口さんの「語り残し」「思い残し」と解説されていたが、さすがに京都文化のプロらしく、嘉穂も感銘して大きな影響を受けている。
番組の中でも紹介されていたが、この旅館の中に掲げられた「来者如帰(らいしゃにょき)」という額は、「我が家にお帰りになったようにおくつろぎいただきたい」という意味があるそうだ。
番組の中で過去に宿泊された「川端康成氏」が原稿用紙に書かれた「柊家」の思い出がしたためられた文章も興味深かったが、喜劇王として知られる「チャールズ・チャップリン氏」が宿泊された時の写真も紹介されていた。
京都の三大老舗旅館と言えば「柊家」「炭屋」「俵屋」だが、「俵屋」はあのスティーブ・ジョブス氏のお気に入りの定宿だったことも知られている。
嵐山にある船でしか行けない星野グループの高級旅館もあるし、美山荘も有名で、他に全室スイートの「KIZASI・SUITE」やある実業家が明治時代に建設された「長楽館」も行きたいが、「長楽館」は有形文化財に登録されている。
そんな番組を観ていた夫が「チャップリン氏」が登場された時に、横浜港に係留されている「氷川丸」のことを話してくれ、かつて太平洋航路で航行していたこの船に「チャップリン氏」が乗船されたことや、柔道の歴史で語り継がれている「加納治五郎氏」がIOCの国際会議でカイロから帰国途中、横浜港へ到着する2日前に肺炎で77歳の生涯を閉じられたのもこの船だったと教えてくれ、戦時中に氷川丸は塗装が塗り替えられて病院船として徴用されていたという秘話も知った。
写真は病院船時代の氷川丸。
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