世紀子がロビーの花瓶の花を入れ替えている時、「女将さん」と事務所の男性スタッフがやって来た。「これをご覧ください」と見せられたのはタブレット型のパソコン。画面にネットで話題のニュースとして紹介されていたある旅館の浴場の光景で、女性用のシャンプーが100種類以上並んでいる写真だった。
その旅館の女将の話として「いつの間にかこうなった」と紹介されていたが、ちょっと理解出来ない話だった。
大浴場のシャンプー、リンス、ボディーソープなどは社会の流行で何度も変更したことがあるが、そのきっかけになるのはいつもテレビのCMだった。
社長である夫は女性の化粧品やシャンプーなどに興味はないのに、テレビのCMには敏感に影響されてしまい、ちょっと気になるとメモをしてスタッフに命じて買って来させてしまうのである。
「視聴者が観ている」という思いに駆られてしまうのだが、れは昔から病的なほどで、世紀子にはネットで紹介されていた女将が夫に被さっていることもあった。
そんな記事を世紀子に見せに来たスタッフも「社長みたい」と彷彿する思いもあったようで、観光組合に行っている夫が戻ったらそのニュース画面を見せて「あなたみたいね」と嫌味を言いたくなっていた。
この夫の行動で困っていることは大浴場に備える用品だけではなかった。各部屋にセッティングされているアメニティーグッズも同じで、お客様が5種類から選択出来るようになっている。
選択に関して決定されるのは予想通り女性のお客様だが、どのブランドメーカーが多いかと統計を取りながら自分の予想が当たったと喜んでいる姿を見る世紀子の心情は複雑だった。
「こんな選択出来る旅館は初めてだわ」と喜ばれるお客様がおれることも事実だが、選択された物を届けに行く仲居の仕事も増えるし、準備したり補充する作業も想像以上に手間が掛かるのでスタッフからは不評が出ている。
そうそう、夫の拘りの発想はこれだけではなく、幼い子供さん連れの場合には大浴場で遊べるおもちゃもいっぱい用意してあり、時には貸切露天風呂を家族風呂として提供し、水面に浮かせることで知られる黄色いアヒルのおもちゃを百羽ぐらい浮かべることもやっており、お父さんやお母さんが「信じられなかった!」と驚かれることに快感を覚えるのだから困ってしまうのである。
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