海岸から少し離れた丘の上に十数軒のホテルや旅館がある。そんな中に蓮美が若女将をしている旅館があった。
半月前、この温泉地に大きな影響が期待出来る話題が出ていた。町の観光課の担当者が県の観光課と共同して企画、近くの岬のある灯台を縁結びのスポットとして紹介。全国で20カ所がロマンチック・スポットとして発表された中の一つとなったのである。
これらは行政の地域創生に関する一端として進められたものだが、ネット社会の中で若い人達が縁結びのデートスポット情報としてやりとりされていることもあり、予想もしなかった人達が他府県から訪れるようになったので驚いている。
そんなところからこの地のホテルや旅館のHPにも「縁結びのスポット」「最高のデートスポット」などのキャッチコピーを打ち出し、宿泊利用を提案するようになったが、中に「オリジナル割引企画」と銘打って、「思い出のひとときを過ごしませんか」と掲載しているところも登場した。
蓮美もそんな影響を考えて事務所スタッフとHPに出す企画の打ち合わせをしていたが、原案が出来て女将に見せたら無碍もなく却下されることになった。
「結婚をしていない人達に思い出のひとときで宿泊なんて社会倫理に反する。伝統ある旅館の擦ることではない」というのが女将の考え方で、そう指摘されたら言葉を返すことが出来なかった蓮美だった。
蓮美は放送局のアナウンサー出身で、最近に話題の多い「女子アナ」の一人であったが、旅番組の企画でこの旅館の後継者と知り合って猛烈にアタックをされ、2年前に局を辞職して結婚。若女将として若旦那である夫をフォローしている。
蓮美は「若女将」という言葉に魅かれたことも事実だった。女子アナとして脚光を浴びることも快感はあったが、何か芸能人んみたいになっている現実に抵抗感を覚えていたが、女将が後継者と蓮美の結婚を歓迎していなかった事実もあった。
「芸能人みたいな人を嫁に迎えて若女将にするなんて許さない」と頑なに反対されていたが、後継者が「それなら旅館を後継しない。岬から身を投げて死ぬ」なんて言い出したことから仕方なく許してくれた経緯もあり、現在は厳しい若女将としての教育指導を受けている。
蓮美の旅館はこの温泉地の最も高級旅館として知られている。海が近いところから新鮮な魚介類の調達に恵まれており、海の幸を中心にした料理長の創作料理も話題を呼び、観光情報誌などで採り上げられていることもあったいつも満室という盛況である。
「娘さんが婚約もしていないのに男性と旅館で一夜を過ごすなんてことを奨励するなんて絶対に許しませんからね」と釘を刺された蓮美だったが、時代が変わって寛容な変化の流れになっても大切にしなければならないことを再認識した蓮美だった。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、若女将を教育」へのコメントを投稿してください。