行政と観光組合が協力して半月前に取り決めたのが地元のホテル、旅館、飲食店の食中毒対策、保健所の専門員と依頼した大学教授達にチェックして貰う企画で、体制への結果判定で「A」から「D」の証明書が発行されることになった。
初子が女将をしている旅館の調査は明日で、厨房スタッフをはじめ全スタッフ達に館内チェックを命じていた。
研修会の時に指導されたのは厨房の「俎板」「包丁」の衛生や、フキンの危険性。また器や食材の保管についても様々な危険が秘められていることも知ったし、お客様に提供する器に手を触れる仲居までを含めて手洗いの重要性を話し合っていた。
飲食を伴うサービス業にあって「お手洗い」は、お客様と同じ施設をスタッフが利用しないことが基本中の基本で、遭遇することのマイナスイメージだけではなく今回のテーマである衛生面でも区別しておくことが大切なのである。
研修会で初子が意外だったことが一つあった。それは講師が解説した中に片付けて来た器をいつまでも水に浸けておかないことで、時間の経過によって「菌」が想像もしないほど増殖するということだった。
また、スタッフそれぞれが生活している家庭環境のことも考えるべきで、家族が外から持ち帰って来る危険性もあり、その時の対処についても教育指導が不可欠という問題だった。
目に見えないノロウイルスという「菌」の恐ろしさを認識しておくのは料理人の常識だと知ったが、牡蛎や二枚貝に有している「菌」の怖さについても学んでいた。
料理長が厨房でのスタッフ教育には厳しい環境を保っていた。それは「もしも」という問題が発生して謝罪するようなことがないことを願っているもので、「申し訳ございません」という謝罪の言葉は何よりプロの誇りを砕いてしまうことになるからだった。
除菌に関するグッズは5年ほど前から積極的に採り入れていた。客室を清掃する際にも使用するようにしていたし、大浴場、脱衣場からロビーのソファーまで徹底させていた。
そんな旅館の調査の日を迎えた。初子は社長である夫と2人で緊張して関係者を迎えたが、まずはロビーで日頃に取り組んでいる実際の対策についても質問があり、これに関しては高い評価を受けることになった。
やがて始まった館内のチェックだが、予想していたよりはるかに厳しいチェックで、ずっと緊張することになった。
予想もしていなかった検査があった。それは全スタッフを会議室に集めて手の衛生についての指導で、手洗いの方法まで教えられたが、そこで身に付けている衣服に付着している「菌」の危険性についての指摘があり、それは誰も意識していなかったことなので全員が驚きながら納得していた。
今回の検査企画はどちらかと言うと今後に問題が出ないように指導をするというもので、この温泉地の各社のスキルアップにつながったようだった。
数日後、組合長が来館。初子の旅館の結果が「A」だったと証明書を届けてくれたのでフロントの壁に掲示したが、有意義な企画だったと伝えた際に組合長が嬉しそうな表情をされたことが印象に残っている。
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