大規模なホテルや旅館は館内で2次会や3次会のひとときが過ごせるような施設を設けているところも多いが、ラーメン専門コーナーや居酒屋を利用される人は予想以上に多く、カラオケルームやマージャンルームの稼働率も結構高い。
加都乃が女将をしている旅館は温泉地の中では中規模クラスだったが、昔は温泉街をぶらぶらされる情緒があったのに、大規模型の宿泊施設がクラブやラウンジまで備えるようになり、温泉街の居酒屋やスナックが閉業する現実を迎え、オープンしているのは美味しいと評判のラーメン店だけで、ホテルや旅館の利用者だけではなく、地元の人や隣町の人達も訪れていた。
過去に実施したお客様のご意見アンケートの結果に意外な盲点はあることを知った。それは就寝する前頃に何かを食べたいと思うことで、昔から用意している「おにぎり」「香の物」とポットに入れた温かい味噌汁の人気が高いが、ふらっと廊下に出て居酒屋のような所に立ち寄りたい要望もあるという事実だった。
そんなことから1年前から午後8時に開店する麺コーナーを設置した。ここで提供している「うどん」と「そば」の評価が高く、特に料理長が拘っている出汁は誰もが賛辞する代物だった。
用意している一味や七味は、女将が毎月参拝している隣町にある神社の境内で出店している唐辛子専門店で購入して来ているが、様々なものをブレンド可能となっているのもユニークなシステムで、加都乃自身が味わっている楽しみもあった。
ある日の午後、事務所で予約名簿を確認していると、カップ麺を食べていた若い男性スタッフが剥がした蓋の裏を読むように女将の机の上に置いた。
そこには次のように書かれていた。
「香り引き立つ 彩り七味」「一、赤唐辛子 辛みを決める赤」「二、陳皮 爽やかな酸味の橙」「三、白ごま ほのかな甘味の白」「四、和山椒 ピリピリと辛い焦茶」「五、あおさ 磯の香りの青」「六、ケシの実 ナッツの香味の薄黄」「七、しそ 華やかな香りに緑」
「七つの素材を使用した『彩り七味』は、つゆの彩りを添えます。ダシのしっかり利いたつゆにお好みで加えていただくことで、つゆの旨みをより一層引き立てます。香り立つ『彩り七味』をぜひお楽しみください」
そんな説明書を読んだ加都乃は、自分が神社の境内の露店でブレンドして貰っているレベルをもっと真剣に精査しなければならないと思うようになり、持ち帰った物を試行錯誤して現在の七味となっており、お客様から「この七味、何処で売っているの?」という質問が多いそうで悦に入っているが、ブレンドの割合は秘密を通し、小瓶に入れた物を「お土産」としてプレゼントしているのだが、これがまた評判を呼んでいるので面白いものである。
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