真弓が女将をしている旅館にはIT技術に長けたスタッフの山科がいる。彼は旅館のHPやオリジナルな予約システムまで構築しており、それが大手の予約サイトより優れていると話題になっており、業界でその存在は知られていた。
真弓の旅館では情報把握というところから、予約されているお客様の指名でネット検索をすることも行われているが、彼の検索方法は彼独自のもので、これまでにびっくりする情報を真弓に伝えたことで随分と助かったこともあった。
宿泊されていた全てのお客様のチェックアウトが終り、事務所の中でコーヒーを飲んでいる時だった。ネットで今日宿泊のお客様の情報を調べていた彼が、突然「女将さん、大変です」と驚きの声を発した。
何事かと確認したら、予約されているお客様のブログを開いており、そこにはこれまでに利用されたホテルや旅館の写真が掲載されており、すべての評価の解説からアクセスまで表記されていた。
「これ、大変ですよ。外観、ロビー、フロント、大浴場、夕食、朝食、室内なども撮影されているので当館も間違いなく掲載されるでしょう」
ネット社会になって知らない内に書かれたり掲載されることも起きているが、真弓が最も心配していることは写真の中に他のお客様が映っていないかということで、それこそ個人情報や肖像権という問題が絡んでややこしくなるからだった。
そのブログを20分ほど確認してみたが、他のお客様やスタッフは一切映っておらず、それについては神経を遣っているみたいだが、かなりの訪問者があるようで、時間があったら真弓も全てを勉強してみたいと思うレベルだった。
果たしてこのブロガーは、真弓の旅館に宿泊をしてどのように評価をするのだろうか、「星」や「点数」の評価はなかったが、サービスの悪い旅館には辛辣に批評されているところもあり、これをご覧になった第三者の方がどのように感じられるだろうかと思うと寒くなった。
料理人達には自分の創作料理を勝手に撮影してネットで紹介することに対して強い抵抗感を抱いている人もいるが、真弓の旅館の料理長は「そんな時代になっているのです」と割り切っており、創作することが趣味のように1週間毎に基本料理のメニューを刷新しているのだからびっくりだし、真弓も心から信奉していた。
支配人と相談して全てのスタッフに知らせて要注意と伝えるべきかと迷ったが、真弓は敢えて誰にも知らせない自然の対応を選択し、この事実を知っている事務所関係者にも口外しないように厳しく命じた。
その人物はご夫婦で来館。予想通りにロビーやフロントを撮影していたが、スタッフがいないタイミングで行動しており、それが極めて自然なので改めてびっくりした真弓だった。
部屋担当の仲居にも確認したが、夕食時の料理の写真を撮影していたそうだが、意外なことを女将に頼んで欲しいと言われたそうだ。
それは男性と女性の大浴場が入れ替わる前の清掃時間のこと。その時に両方の大浴場を撮影させて欲しいというものだった。
これで誰も他に映っていない事情が判明したが、事務所にいた山科がその人物のブログについて調べた情報を教えてくれた。
「この方はプロです。温泉の情報を発信してもの凄い人気サイトを運営しており、そこには航空会社から大手のホテルグループがCMを掲載しています。閲覧された方がリンクボタンを押すと幾らかリンク料が発生する仕掛けのようで、広告掲載料以外でビジネスをしているみたいです。しかし、ホテルや旅館からの賄賂的な裏取引は一切行わず、自分で実際に体験したことを紹介しているようです」
そんな報告を受けて自然体で対応したことが正解だったと真弓は思ったが、もしも自然体でなかったらきっと察知されてしまったような気がした。
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