部屋食の片付けも済んで厨房の整理を手伝っている女将の郁子だったが、この時間帯はもういちど大浴場に行かれるお客様がおられたり、お土産品を販売する売店に来られたり、子供連れのお客様がキッズコーナーやゲームコーナーで過ごされる時間でもある。
そんな時、フロントへ掛かって来た電話で予想もしなかったハプニングの発生を知った。園児と小学生低学年の二人の子供さんだったが、ゲームコーナーで遊んでいて、ご両親が大浴場に行かれたので鍵を持っていたので先に6階にある部屋に戻ったら、幽霊が出たと言って2人で泣いているとのことだった。
「そんな信じられないことが」と思っても、お客様に問題が発生しているのである。急いで部屋を訪問したら、大浴場から戻られたご両親がおられ、「部屋へ戻った廊下で泣いており、どうしたと聞いてみると二人とも幽霊が出たというのです」
確認すると大凡の状況が把握出来た。目撃した幽霊というのは外が見える窓側のガラスに浴衣姿の幽霊が見えたというもので、部屋に戻られた時のことから2人に再現して貰ったら、意外な事実が判明することになった。
郁子は怖い思いを体験した2人の思いを払拭させなければとその原因究明を考えたら、ある可能性に思い付き、同じ状況を設定することでその時と同じことになることが判明した。
「は~い、お2人共こちらへいらっしゃい」と言って立たせた場所は廊下の扉のところで、「ここからお2人がお部屋の中に入られ、ここで窓のガラスに浴衣姿の幽霊が見えたということですね?」
2人は「うん」と頷いている。郁子が名探偵のように言葉を続ける。「いいですか、お2人がお部屋のここまで来られた時、入り口の扉もこのお部屋の襖も開けたままでしたでしょう。お父様、恐れ入りますが廊下に立って部屋の中をご覧いただけますか?」
やがて言われた通りに協力したお父さんが入り口に立った。するとどうだろう、幽霊が見えたという窓ガラスにお父さんの姿が映っていたのである。
子供達が戻って部屋の中へ入った時、廊下を通られた他の部屋のお客様が開いていたこの部屋を覗かれただけのことだったが、それを幽霊と思い込んだ出来事だった。
事情が解明されるとすぐに問題は解決するが、郁子はそれが落ち着くと厨房に戻り、自分用にプールしてあった限定品のプリンを4個持参して、「怖い思いをさせてご免なさいね」と2人に優しく声を掛けた。
時にはお客様がふざけたことから問題になったこともあら。女子大の卒業旅行で利用された6人組の一人がフロントにいた郁子のところへ「あのう、ちょっと聞きたいことがあるのですが?」とやって来たのだが、その質問というのが宿泊している部屋で「過去に自殺者があったのは本当ですか?」なのでびっくり。事情を聞いてみたらグループの他の人達全員がそう言ったということだった。
それはこの人物を怖がらせようと仕掛けた彼女達の悪戯だったが、被害者となったこの人物はいつもイジメの対象となっていたようで、その事実が判明して「すっと怖がっている振りをしていなさい」とアドバイスをしておいたが、こんな低次元な悪戯は止めて欲しいと思った郁子だった。
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