美美祢子は隣席に座っている夫が緊張しているのが分かる。結婚披露宴で祝辞やスピーチ体験が何度もあったが、新婦側の招待している人達がびっくりする知名度のある人達もいる。芸能人や大物政治家もいたので、夫が小さな声で「レディーファーストで新婦側を先にしたらよかったな」と話し掛けていた。
やがて司会者から指名を受けた。「新郎が勤務されている旅館の社長****様です」と紹介され、夫が高砂席の横に設置されているマイクの前に立った。
「新郎は私の旅館のスタッフの中で、人材で入社し、今や人材の『材』が財産の『財』になっております。昨夜に彼のことを思いながらどんなお祝いの言葉と考えていましたが、入社当時から現在に至るまでの思い出に感極まることもあり、言葉とならないかもしれないと考え、ここにしたためて参りましたものを読ませていただきます」
美祢子は夫の言葉を耳にして驚いたが、同時に心配していた気分が一気に晴れ、さすがに夫だと思っていた。
「互いが異なる場所で異なる日にこの世に誕生され、ご両親の育まれてめでたくこの日を迎えられました。ある日何処かで出会い、恋が芽生え、愛でつながって生涯の伴侶となられますが、地球上に存在する何十億の人々の中で立った二人が結ばれるので、そこには赤い糸ではなく太い絆で結ばれていることを忘れないでください。結婚式は華燭の典という
言葉で言われることもありますが、『華』は咲き誇る美しい花を表し新婦のことで、『燭』はローソクであり新郎を表します。どちらも周囲を明るくするものです。どうか明るいご家庭を築いてくださることを願って私の祝辞とさせていただきます。おめでとうございます」
書いたものを読むのだからスムーズに流れたことは当たり前だが、何より長くなかったことがよかったと思った美祢子で。夫が隣席に戻って来た時に「よかったわよ」と夫の膝を軽く叩いた。
新婦側の主賓は国会議員である大物政治家で、10分以上の言葉が続いた。現在の政治の状況などを解説してくれていたが。これだけ長いと『長辞』で『弔辞』ならお葬式だと思った美祢子だったが、他のテーブルの人達の表情にはブーイング的な雰囲気を感じることもあり、夫の『祝辞』が『縮辞』であったと再認識した。
何かの番組で祝辞を話題にするテーマがあり、人は何分から長いと感じ始めるのかというものだが、「この人の話を聞いてみたい」と思うような喋り方なら誰も長いと感じることはなく、下手な人なら喋り始めた瞬間からすぐに「いつ終わるのだろうかと?」と感じてしまうそうであるが、スピーチと女性のスカートは短くと誰かの言葉にあったが、3分を超えないのがマナーの基本と言われている。
そんな話題で帰路の特急列車の車内で話し合っていたが、披露宴でワインを少し飲み過ぎたみたいで、夫はいつの間にか眠っていた。
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