代志子が女将をしている旅館は6階建てだが、夏から秋に掛けてリニューアル工事が決まっており、11月の初旬の完成まで予約を受けないようになっている。
現在の最上階の6階は7室あるが、それを2人部屋を3室、6人定員の部屋を2室に変更し、このフロアをエグゼクティブ・フロアとして発想しているのだが、ここでの売りは部屋食でも各部屋にコンパクトな厨房キッチンを備え、調理スタッフが料理した物をお出しするという取り組みで、目で見える、音が聞こえるという視覚と聴覚を味覚にプラスさせるコンセプトで、夫である社長が随分前から考えていたことの具現化であった。
この対応に不可欠となるのが料理スタッフの教育で、技術だけではなくお客様と会話を交わすことにもなることから、様々なことを指導しなければならなかった。
夫が若い厨房スタッフを集めて教えている。テーマは「割烹」という意味についてで、料理を調理する仕種にカウンターを挟んでお客様と会話を楽しむという日本の文化で、ずっと視線を浴びながら調理するのでおかしな作法は厳禁で、それなりの基本的な技術を有する必要があった。
若い厨房スタッフの大半は調理師を目指す専門学校を経ているので期待を寄せているが、対話ということについては社長と料理長が手ってしてこの3か月間で教育することになっているが、代志子が「おもてなし」の作法について指導する教育プログラムも組まれていた。
また、この休業期間に仲居を含めて全スタッフの意識改革を目標に、外部から様々な専門家を講師に迎えて講義を受けることも入っており、同じ温泉地で深い交流のある旅館の女将から依頼され、その旅館のスタッフの参加も受け入れられることになっている。
部屋食で部屋専属の料理人が対応するという試みは珍しいことだが、すでに採り入れている高級旅館もあり、女将夫婦が実際に利用してみて体感したこともあり、その結果で実践する決断に至ったもので、リニューアルを発表した際の会議で、料理長、支配人、仲居頭は「英断になりますように」と祈るような仕種を見せながら協力を誓ってくれたが、代志子には一抹の不安もあった。
それはやはり若い料理人がお客様との会話で問題が起きないだろうかということで、中には揶揄う意地悪なお客様が来られることも考えられ、その緩和役として部屋係の仲居の存在も重要で、チームワークについても教育することになっていた。
料理長の提案でお客様に食材を選んでいただくことも考えており、メイン料理を数種類から選択するプランも企画され、今、その内容について討議が進んでいるところだ。
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