勢都子が女将をしている旅館のすぐ近くにある旅館が、半年という予定で大きな工事を行っている。随分昔から交流のある女将仲間だが、彼女から聞いたリニューアルの目的に驚いた勢都子だった。
工事を計画したのは彼女の夫である社長だが、全ての部屋に露天風呂を設置し、超高級旅館として再出発するというものだった。
そのきっかけとなったのが都内で開催されたセミナーを受講したことで、中国人の訪日がこれからも続くと分析されている事実で、年収3000万円以上の富裕層が日本の人口より多いという情報だった。
1泊2食付きで一人10万円でも利用したいという中国人観光客が多いそうで、今回の取り組みはそんな富裕層を対象に発想されていた。
勢都子も夫とこの企画について話し合ったことがあるが、デメリットとして考えられるのが日本人の利用客の減少で、中国人向け対象という事実を知ったら抵抗感を抱くことも少なくないだろうし、館内でのマナーの問題も表面化する危険性があるという思いで一致した。
工事が始まる前に市場調査もされている筈だが、交流のある大手旅行会社の担当者によると、中国国内の大手旅行会社との専属契約も結ばれているみたいで、取り敢えずオープンしてから5年間は満室にさせるという提案まで結ばれているそうだ。
勢都子夫婦が心配しているのは今後の中国国内の経済の動向で、もしも予期せぬことが起きたら疲弊に陥る危険性もあるからで、この賭けは経営者としては恐ろしいと言うのが夫の意見だった。
中国からの観光客の最も多い行程は、東京、京都、大阪がゴールデンルートと言われているが、北海道や九州の人気も出て来て観光バスが不足しているというニュースもあった。
バブル時代に開発されて話題となった北海道のトマムも、星野リゾートから経営権が中国の企業に買収されたニュースもあったが、全国各地で知らない内にそんな買収計画が進んでいるという風評も流れており、過日に開催された地元の旅館組合の会合で、外国資本と提携する前に事務局へ必ず相談して欲しいと組合長が語っており、その表情に何か深刻な事情が秘められているようで気になった勢都子だった。
新大阪から九州へ向かう「みずほ」や「さくら」に乗車すると、博多駅から車内放送が「日本語」「英語」「中国語」「韓国語」の4か国語でアナウンスが流れるのでびっくりするが、アナウンスを耳にしながら電光表示で流れる文字を見ていると面白く、日本の漢字と全く異なる文字が登場するのも興味深いところだ。
勢都子の旅館のスタッフの中に2年前間でJRに勤務していた人物がいる。定年を迎えて勢都子の旅館で勤務するようになったのだが、お客様の観光相談で貴重な存在となっている。
その彼から聞いて初めて知ったことだが、「のぞみ」の指定席は「2+3」となっているが、「みずほ」や「さくら」の指定席は「2+2」となっているので随分と雰囲気が異なるそうで、山陽新幹線を利用する際に考えたい事実だった。
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