夏休みのシーズンである。鈴賀が女将をしている旅館も夏休みは家族連れのお客様が多いが、そんな中に子供さんが幼稚園児の時から毎年ご利用いただき、今年で4年目を迎えるお客様がおられる。
この温泉地に海から遠いし、安全な川遊びと山での蝉や虫くらいしか対象はないが、子供達に人気の高いカブトムシとクワガタが見つけられるので喜ばれているし、暗くなれば源氏蛍の仄かな光が幽暗とした世界を体験させてくれる。
そんな世話係はフロントにいる男性スタッフが対応してくれ、子供達が多い時には探検隊ツアーという企画で連れて行ってくれることもあり人気がある。
幼い子供達を夕食後にロビーに集め、様々な遊びをさせて人気があるのは若い仲居で、彼女は過去に保育士をしていた体験もあって子供が大好きで、社長は「彼女は子供相手の天才の先生だ」と感心している程であり、「またそこへ行きたい」ということからリピーターとしてご利用くださるのだから有り難いことである。
そんなご家族連れがチェックアウトされる際には必ず子供達にお土産をプレゼントする鈴賀だが、ご両親向けにもお土産を選択してメッセージを添えていることも喜ばれているみたいだ。
今日ご到着の2人の子供連れの客様もそんな方で、ご夫婦から「女将さんへ」とお土産をいただいたし、フロントのお兄ちゃんと仲居のお姉ちゃんにと子供達からかわいい絵が描かれた手紙をいただき、2人が感激していた。
女将の郁子は厨房へ行き、料理長に事情を話してウェルカムフルーツとスイーツのシャーベットを頼み、自ら持参して歓迎の挨拶に部屋に行った。
ウェルカムフルーツは、料理長厳選のプラムだった。「すもも」という別名もあるが、果実店にもめったに回らない代物で、昔から交流のある生産者から直接入手しているものだった。
「これ、新鮮な味で最高ですね。こんな物が食べられるなんて幸せなことだ」と家族4人が食べられて驚かれていたが、料理長と生産者の出会いについて披露すると奥様が「よいお話ですね」と言いながら子供達に「勉強になったでしょう」と伝えられた。
この出会いというのは20年ほど前のことだが、研修旅行のデザートで出て来たプラムの余りも素晴らしい甘味に感銘を受け、旅館に戻ってから教えて貰った生産者に感動した思いを毛筆の手紙にしたためて送ったご仏縁から始まっていた。
決められた所にしか出さなかったプラムだが、料理長の手紙を喜ばれた方が「あなたなら送って上げるよ」と毎年この季節になったら届いている特別な物だった。
美味しい物に出逢うと人は幸せな思いがするが、この4人の家族もまた特別な幸せなひとときを体験したような気がする出来事であった。
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