和歌子がこの旅館の後継者に嫁いで来たのは昨秋のことだが、夫が若旦那と呼ばれ、和歌子は若女将と呼ばれている。
夫の両親は健在で現役。社長と女将としてスタッフ達の先導をしているが、今日は昼食を済ませてから社長から講義が行われた。
テーマはお客様を守るということで、万が一の際の避難誘導や消火器や消化扉の使い方についても学んだが、続いて女将が10分程の昔話をしてくれた。
「30年ほど前の出来事だけど、この温泉街にある一軒の旅館の客室から出火して大変なことになったの。当時の旅館街の道は細くて消防自動車が通れず、消火態勢に入るまで時間を要し、お客様には負傷者もなくて幸いだったけど、建物の被害も大きかったし、深夜の火災で近隣のホテルや旅館のお客様が非難することになって大変だったの」
その火災の原因は利用客から要望があって部屋に届けた蚊取り線香で、ブーンと耳に聞こえて気になると眠れないからということが発端だったそうだ。
最近は火を用いる渦巻き型の蚊取り線香は少なく、電気式の薬品を用いるタイプなので火災の原因となることはないが、先日も淡路島のホテルで客室から出火したニュースがあった。
調査したら宿泊客が誕生祝いに準備したローソクの火が原因で、完全に消さずに寝入ってしまったそうだが、100人以上のお客さんが避難することになって深夜の大騒動になったと想像する。
たこ足配線も危険と言われているし、コンセント部分に堆積した埃から出火することもあるそうで、館内の施設にある電源のチェックや各客室のコンセントなども調べることになったが、冷蔵庫の裏にあるコンセントの確認作業がすぐに行われた。
スタッフが防火や防災に関して意識することが大切で、先月は地元の消防署から専門家を招き、出火時の煙の恐ろしさについて学び、お客様を誘導する場合のテクニックもアドバイスを受けていた。
気が付けば廊下に煙が充満していたということも考えられる。そんなことを想定し、煙の流れなどについて教えられて初めて知ったこともあり、お客様をお部屋に案内する途中で非常口や誘導路について伝えることも実践している。
ネットの書き込みに信じられない体験談があった。ある旅館に宿泊した際に非常口が気になって確認したら、そこには荷物がいっぱい積まれてあり、もしもの際に傷害成る危険性があるとフロントに片付けるように伝えたら、全く対応してくれなかったそうで、キャンセルをして別の旅館へ行ったというものだった。
社長がいつも口癖として言われている言葉がある。それはマンネリの中で生じるミスは恐ろしいというもので、何事も想定内となるように最悪の想定を考えなさいという指導だった。
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