女将の愛里がお気に入りの喫茶店で昼食に人気のパンケーキを食べようと入ったら、「愛ちゃん、こちらへ」と声が掛けられた。その主は女将会の仲間で愛里とは十数年の交友があった。
彼女は一人で4人席に座っており、カウンターが空いているのに「どうして?」と疑問を抱いた愛里だったが、彼女が来た時にはカウンターが満席で、このテーブル席しか空いていなかったと知った。
真向かいに座ってパンケーキと紅茶を注文。最近の客室稼働率のことを話題に話が始まったが、彼女が先日に体験した嫌な出来事について触れ、日頃に使っている言葉に恐ろしい問題が秘められていることを学んだ。
「チェックアウトのお客様が重なってしまい、私もフロントの端で対応したのだけど、そこで予想もしなかったクレームが出て来たの」
彼女が担当したお客様は2組だけだったが、先に対応したお客様は土産物店、居酒屋などの部屋付けの伝票があり、次のお客様を待たせることになった。
「ちょっとお土産の伝票で行き違いがあったみたいで、売店のスタッフを呼んで確認したこともあったけど、私の方に落ち度はなくお客様の数量の勘違いだったことが判明してホッとしたの」
「それだったら問題ないじゃないの」
「そこから問題に発展することになってしまったの。そのお客様のご精算が済んで次のお客様の対応になったのだけど、その時に『お待たせいたしました』と発したことが先のお客様の気に障ったようで、そのお客様のご精算が済むと同時に『ちょっと、どういうことよ』と、クレームが始まったのよ」
彼女の話によると「お待たせいたしました」という言葉が気に入らないということで、次の客に「お待たせいたしました」と発言したことは、私を対応していることで時間を要したみたいに聞こえるという指摘だった」
接客の場で「お待たせいたしました」の言葉を耳にするのは多いが、決して済んだお客様のことで待たせたとは言っていないが、ちょっと機嫌が悪いとこんなクレームみたいな問題に発展する引き金となることもあるのだ。
「何か災難みたいな出来事ね。でも言われてみたら反論が難しいかもしれないし、そこからあなたはどうしたの?」
「只管『申し訳ございません』で謝罪するしかなかったわ。しばらくすると『その辺で止めろよ』とご主人が制止くださって治まったけど、他のお客様もおられたので恥ずかしくて大変だったわ」
日常に何気なく使っている言葉でも考えてみれば「角が立つ」というように刃になってしまうこともある。自分の旅館に戻ってからフロントや事務所のスタッフと話し合うテーマとなったのは言うまでもない。
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