旅館の最寄り駅は新幹線の「こだま」しか停車しない駅で、1時間に上下線各1本の運転となっていた。夕方の4時台に到着される予定のお客様を車で迎えに行っていたスタッフから電話があり、大阪からのお客様1人だけご到着。東京からのお客様は東京駅までのバスが事故渋滞で1時間以上遅れるということが判明した。
そこで女将の蓉子は先にお一人だけをご案内することを命じた。駅から旅館までは車で10分なので駅に到着された時にお電話をいただいてもと思っていたら、先に到着され方が東京駅で「「こだま」に乗ったら電話があるからお願いしますと言われた。
蓉子は「ごゆっくりと大浴場でお過ごしくださいませ」と言葉を掛け、「夕食は遅くなって問題なければお揃いになってから」と申し上げると「そうしていただければ有り難いけど、相手が事故渋滞に巻き込まれているから時間が不明で、スタッフの皆さんにご迷惑が」と申し訳なさそうにされたので、「「8時でも9時でもご遠慮なさらずに。ご希望がございましたらお飲み物に合うお料理の準備でも」と提案すると、「飲めませんので」と言われた。
東京からやって来られるのは娘さんとお孫さんだそうで、東京への出張前日にこの温泉地へ行こうと待ち合わせをされていたのだが、高速道路の事故渋滞に八重洲行きの高速バスが巻き込まれ、随分と遅れる予想外の出来事になっていた。
午後7時過ぎに電話があったそうで、午後8時前に駅に到着されることが判明。スタッフに迎えに行くように伝えてすぐに厨房スタッフに夕食の準備を始めるように命じた。
さぞかし空腹にと想像したのでそうした訳だが、午後8時15分頃には当館へ到着されることになる。お部屋へ荷物を置いていただいてすぐにお食事をと蓉子が考えたのだが、都合の良いことにこのお客様のお部屋はメゾネットタイプで、2階が格天井の和室になって
おり、お食事は1階の洋室で準備されるようになっていた。
娘さんが「ご迷惑を掛けて申し訳ございません」とご到着。蓉子がメゾネットタイプの2階の部屋にご案内したが、階段を上がられる時に1階の洋室のテーブルに料理が並んでいるのをご覧になり、「嬉しい! こんな時間に」と喜んでくださった。
娘さんとお孫さんは外国へ2年間生活されるそうで、お爺ちゃんが孫とのひとときをと考えられたそうだが、お婆ちゃんの方は検査入院をされているそうで残念そうにされていたそうだった。
まだ2歳になっていないお孫さんだが、ぐずることもなく終始ご機嫌でお母さんの横にセットされた可愛いキャラクターの椅子に座って食べさせて貰っていた。
食事が終わったのは午後9時半を過ぎていた。午後10時にマッサージの予約を受けており、寝具の準備された部屋でマッサージが始まったら、お孫さんは「お爺ちゃん、何してるの?」と不思議そうに見つめていたそうだ。
この対応を大層喜んでくださったことから、3ヵ月後に20人の団体でご予約を承ることになり、スタッフ達から「よかったですね」と話題になった。
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