サービス業にあって「ミスはお客様との深い絆を結ぶチャンスだと考えることが大切」と指摘していた専門誌を読んだことがある翔子だが、女将を務める自分の旅館で知らされていなかったミスが発覚して衝撃を受けることになった。
ある日、旅館宛の手紙が届き、女将様と添え書きがあったので封を開くことになったが、まさかこんなことが起きていたとは初めて知り、ミスを犯してしまったスタッフが勝手に処理して誰にも秘密にしていたことが問題を大きくしてしまっている事実が判明した。
人気のある観光地で海の見える高台にある翔子の旅館は。長い歴史の中で建物を二つ増設しており、「本館」「潮館」「新館」と3棟それぞれに趣の異なる大浴場があり、リピーターのお客様のご利用は、夕方、就寝前、朝風呂とそれぞれの大浴場で過ごされることで人気があった。
手紙は達筆な墨書で、目にした瞬間にそれだけで緊張することになった。時折に「よかった、また行きますから」というような嬉しいサンキューレターも届くので嬉しいが、そんな期待は見事に裏切られ、読む途中で担当したスタッフのことが腹立たしくなり、なぜこんなことにと怒りを覚えたが、手紙にしたためて知らせて来られたお客様の心情を拝察すると堪らなくなり、すぐにでも参上して謝罪の言葉を掛けたい思いだった。
ご指摘されていたミスは次のように書かれていた。
「友人夫妻と利用しました。夕方に新館の大浴場に入っている時、友人から奥さんがこの日が誕生日であることを教えられ、大浴場を出たところにある売店の電話を拝借してフロントの方にシャンパンをお願いしたら、残念ながらないということからワインで代用することを納得し、食事処で準備して貰うことになりました。さて、食事処へ行くと女性スタッフの方が『シャンパンのご用意が出来ましたが、如何なさいますか?』と言われ、有り難うシャンパンをと頼み、それで乾杯をすると友人の奥さんは『人生で誕生日にシャンパンで乾杯をしたのは初めて』と喜んで涙を流してくれました」
そしてここからクレームとなって当たり前の問題が綴られていたのである。
「思い出になったねと支払いを済ませて帰宅し、次の日に今回の旅行費用を半額ずつということで整理している中で不思議なことに気付きました。それは飲んでいないワインの料金まで請求されて支払って来ていた事実で、妻がフロントの方に電話入れて調べていただいたら、『当方の伝票伝達のミスです。誤って頂戴した分は現金書留で返金させていただきます』となり、2日後に届いた現金書留を開くとお金しか入っておらず、『申し訳ございませんでした』のような謝罪のメモさえ入っていませんでした」
ミスを秘匿しようとすると次のミスを生じる危険性があり、このケースはそんな典型的なものだった。
「3棟それぞれに趣の異なった大浴場の存在があり、これは素晴らしいとそれから3ヵ月後に予約の電話を入れ、前回に利用した同じ内容でとお願いしました。そして当日にフロントでチェックインを行いましたが、残念にも『前回は大変ご迷惑を』というような言葉もなく、次の日に支払を済ませて帰宅しました」
「それから2か月後、地方から友人がやって来たので『いい旅館があるから』と3度目の予約を入れて利用させていただきましたが、その時のフロントも同じ対応でした。施設が素晴らしいので残念ですが、『仏の顔も3度まで』の言葉もありますので2度と利用することはないでしょう。私がホテル側のスタッフなら、コンピューター登録名簿にミスの印を決めて誰もが分かるシステムにしておくと思います。長々と駄文を綴りましたがご海容を」
これを読んで衝撃を受け、実際にこんな出来事が起きていたのだろうかと調査を始めたら、フロントスタッフがすんなりと認め、「2回目に来られてチェックインの時に謝罪を申し上げようと思いましたら上司が側におられたので出来ず、チェックアウトされる時にと考えていたら外の時も横に支配人さんがおられ出来ませんでした」
そんな経緯を耳にすることになったが、どうして現金書留に謝罪の言葉をしたためて同封しなかったかと指摘すると「書いていたのですが入れるのを忘れてしまったのです。私のミスです」
1年で3回も来てくださり、気に入ってくださったお客様だし、ご利用のプランも上クラスを選択されているので残念である。翔子は泣きたい思いで謝罪文を書いて郵送したが、マンネリの意外なところでミスが発生することを学んだ苦い教訓となっている。
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