伊保子が女将押している旅館がある温泉地から車で1時間ほど離れた温泉地に、女将会で深い交流のある高級旅館があった。互いが夫婦で海外旅行に一緒に出掛けたこともあり、月に一度は会って食事やティータイムを過ごす仲だった。
そんな彼女から先代社長が亡くなったという電話があった。享年89歳だったそうだが10年ほど前に奥さんである先代女将に先立たれてから隠居をされており、いつも自転車で何処かへ出掛ける日々を過ごされており、先月に彼女と会った際に「体調が芳しくなく入院させたの」と聞いていた。
通夜の日は夫の関係する団体のお客様がご利用くださっており、夜の宴会を抜ける訳にも行かず、葬儀だけということになってお客様のチェックアウトをお見送りしてから参列することにした。
旅館やホテルという仕事は因果な一面もあり、火災事故や食中毒が発生すれば休業ということもあるが、身内の不幸で葬儀となっても予約を受けている客様に「休業です」という訳には行かず、宿命として理解しておかなければならないことだった。
昼前に夫の車で一緒に出掛けたが、葬儀は温泉街の手前の市街にある葬儀式場で行われており、40分ほどで到着。受付で記帳を済ませて式場へ入ると、喪主を務める現社長と女将が2人の姿を見てやって来た。
まだ開式まで随分と時間があるところからロビーのコーナーのソファーに腰を降ろすことになったが、女将から昨夜の通夜での出来事で印象に残る話を聞かされた。
「あのね、先代は結構交友が広くてびっくりするぐらいの弔問者があって驚いたのだけど、最後まで残ってくださった10人ほどの方々が気になってね、通夜振る舞いのお食事を勧めながら生前の思い出話を伺ったのだけど、皆さんがパチンコ仲間だったことを知って全く知らなかったことを教えてくださったの」
先代が自転車で出掛けていたのは両温泉地の中間地点にあるパチンコ店で、先代は仲間の人達に大当たりをすると自動販売機のお茶やコーヒーを皆さんに配り、誰からも人柄が愛される存在だったというのである。
「義理で参列された方々と全く違ってね、皆さんご高齢だったけどお爺ちゃんもお婆ちゃんも『いい人だった』と涙を流す方もあって知らない事実を知って夫と驚いていたの」
最近は「家族葬」が潮流となって近所の方や友人にも知らさないで葬儀を行うことも多いが、無駄を省く発想から義理的参列者を避けることは理解出来ても、「送られたくない権利」と「送りたい権利」という問題を考えさせられることになり、人の世の仏縁という言葉を話題にしながら戻った車中だった。
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