綾乃が女将を務める旅館で定例の会議が始まった。スタッフ全員が揃って好きなことを言えるのがこの旅館の素晴らしいところ。そんな中で新人の素朴な質問から気付いて採り入れたら大好評を博したサービスがあった。
「あのう、こんなことを言ったら笑われるかもしれませんが、気になったことがあるのです」
「何でも言える環境から発見したことも少なくないの。気になったことってどんなこと?」
「はい、お部屋に準備しているお持ち帰りいただくタオルですけど、大浴場から戻られた際にタオル掛けで乾かされるのですが、タオル掛けは上下4段ぐらいに高さが異なっているので間違わないかもしれませんが、いっそのこと、タオルの旅館名ロゴの色を5種類にしたら間違わなくなりますし」
「面白い意見ね。素晴らしい気付きよ。次回の発注から6種類の色分けにすることにします。お2人のお客様が多いので2種類だけは多く注文し、そこから枚数を徐々に減らせて。そうね、そんな細かい計算は何でもデーターで考えてくれる副支配人にお願いね」
即決することが綾乃の性格で、その判断は英断という結果になることが多かった。
この会議で元ホテルマンだった人物の指摘も貴重なものだった。
「バリアフリー対策をHPにも打ち出していますが、部屋の扉を開けて止めておくストッパーが重要で、車椅子をご自分で動かす方には絶対に必需品なのです」
そんなことを考えたこともなかった綾乃だが、指摘されたことについて情景を思い浮かべると確かにそうで、扉を開けて自動で閉まって来るのを片手で押さえることがどんなに大変なことか想像出来る。
「今日からすぐに対応出来るように準備してください。お願いします」
こんな調子で新しい気付きがあってサービスの「かたち」として具現化されたことがどれほど多かっただろうか。日頃の仕事で「?」を感じたことに大きなヒントがあり、素朴な疑問こそがお客様の疑問だとずっと思って来た綾乃だった。
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