数日前、若い女性から電話があり、「女将さんに1時間ほどお時間を」と言われ、今日の午前11時にやって来て昼食を一緒にして付き合っていた。
玄関横にあるラウンジでコーヒーを飲みながら話したが、彼女は名古屋の大学に通う現役女子大生で、現在三回生で卒論に取り組んでいるそうで、そのテーマが「旅館の女将とホスピタリティー」だった。
女将の百合子はこの旅館の一人娘で、先代社長と女将が亡くなられる前に婿養子を迎えて女将と呼ばれるようになったが、その女子大生はこれまでに10軒ほどの旅館の女将と会って来ているそうで、後継者に嫁いで来た女将ばかりで、婿養子が社長になっている旅館は初めてであると言い、何か興味深そうな表情を見せた。
卒論は随分前から構想していたそうで、もう少しで完成する状況だそうだが、結びを閉めるのに百合子に会うことが出来て幸運だと喜んでいた。
「あちこちの女将さんとお話をして来ましたが、私も女将さんのなりたいなと思う気持ちも生まれ、何処かの旅館の後継者を探してよい人なら嫁いで女将さんになれたらと思っています」と言ったが、これまでに彼女が会った女将達がどんな話をしたかは分からないが、秘められた苦労話を披露することも重要で、理不尽なお客様の考えられない我儘に対応することもあってホスピタリティーにも限界があるという話もした。
「コンビニや学校でもモンスターと呼ばれるクレーマーが多いそうですが、旅館のお客さんにもそんな人達が現実としている訳ですね?」
そんな幾つかの体験談を紹介すると彼女は真剣にノート―に書き込みを始め、今日この旅館で百合子と会えて卒論の内容が一気に有意義でグローバルなレベルになると感謝の言葉を話しながらボールペンの文字のスピードをアップさせていた。
過去に「女将さんになるにはどうしたらよいのでしょうか?」と来館された学生さんがいたが、女将塾が存在すると説明すると目を輝かせて帰り、その後に手紙が届いて本当に塾生となっていたことも彼女に教えたら、彼女はその女将塾の場所と連絡方法を教えて欲しいということになり、そこも訪問して取材をしたいと言い出した。
百合子夫婦が九州の親戚の不幸で葬儀に行った帰路に立ち寄った知られる温泉旅館が話題で、JRの最寄駅から利用したタクシーの運転手さんがその旅館の解説をしてくれ、女将学校一期生と2期生の二人が責任者となって切り盛りをしており、マスメディアの取材も多いと聞いて期待して行ったら期待外れで何を学んで来たのだろうかと疑問を抱いて帰って来た体験もあり、その話も彼女の興味の対象となったようで、最寄り駅と旅館名を伝えた。
この女子大生と話していて百合子が協力的になって発言をしたのは、彼女がこれまでに会って来た旅館の名前や女将の名前がオープンにされなかったからで、その部分で百合子の名前や旅館名が表面化することはないと判断したからだった。
「女将さん、この旅館で予想もしていなかったことをいっぱい教えていただきました。これで私の卒論が充実したものになると自負しております。女将塾と実際に利用された体験談の所に必ず訪れますが、この旅館の名称や女将さんのお名前を出すことは絶対にいたしません」
そんな言葉で今日の対談のひとときが終わり、乗って来ていた軽自動車で帰って行ったが、彼女が百合子の知らなかった旅館情報をいっぱい教えてくれたことには驚かされ、それらをネットの世界で学んだ集大成であることを知り、百合子もこれから積極的にネットを開いて勉強しようと思うことになった。
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