チェックインの時間は午後3時と謳っているが、時折に午後2時頃にやって来られるお客様がある
「午後3時からと知っていたけど何処へ行っても寒さが厳しいから旅館のロビーで時間待ちをしようと来たのですから、どうぞお構いなく」
そんな言葉でロビーのソファーに腰掛けておられるお客様に何も対応しないことは出来ず、お茶とお茶菓子を出してお寛ぎいただき、「お部屋の準備が整いましたらご案内申し上げます」と返している。
スタッフのローテーションも午後3時からのシフトとなっており、部屋が空室であっても部屋係の仲居がいないケースもあり、こんなお客様は困ったタイプと言われている。
3年ほど前の夏だった。午後2時頃にタクシーで玄関に到着されたお客様が、「主人の様子がおかしいのです」と奥様が心配され、気になった女将の希代はお部屋に案内して横になっていただこうかと思ったのだが、何かご主人の体調が深刻みたいで、奥様の了解を得てすぐに旅館の車で県立病院の救急外来で診察して貰うことになった。
心配だった希代も同行したが、車内で聞いた症状からすると腹部に鈍痛を感じられていることから、希代の夫が何回か入院したことのある病気ではと思い、奥様に前日のスケジュールをお聞きしたら、別の温泉地の旅館に宿泊されており、医師から厳禁と言われていた飲酒を「これぐらいなら大丈夫だ」と食前酒を飲まれたそうで、その日の夜から肩や腰に痛みを感じ始め、今朝から腹部に鈍痛症状が出て来たというもので、夫の入院体験を何度も知っている希代は「ひょっとして膵炎をされたことはありませんか?」と確認すると、2年前に膵炎で入院されたことがあると判明した。
県立病院の救急外来に来る前にお世話になっている医院の先生に電話を入れて貰って「緊急を要する患者」と伝えていただいていたので、受け入れ態勢もスムーズで、すぐに採血と腹部のCT検査が行われ、30分も経たない内に担当医師が「血液検査でリパーゼとアミラーゼの数値が異常で、CTの画像にも膵炎の症状が出ており、『膵石』も存在しておりました。このまま入院です」ということになった。
夫が同じ病気で何度も入院しているので希代も食事療法などを学んで気を付けているが、アルコールと油物の料理を避けることが重要で、入院して治療するには絶食を強いられて点滴だけで安静しなければならず、廊下で奥様とお話してキャンセル料なしで宿泊を取り消しましょう」と提案したら、奥様は楽しみ「折角楽しみにして来たのに私だけ宿泊出来ますか?」となり、ご主人を病室に残したまま「私ね、一人で温泉に入って美味しい料理を食べて来ますから」と嫌味っぽく言葉を掛けて旅館に向かった。
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