昼食が済んでから今日の予約のお客様が利用される部屋を回り、床の間に置かれている花瓶に花を活け、全てが終わってエレベーターで1階に降りてロビーに向かっていた時だった。
「女将さん、大変です!」と事務所スタッフが血相を変えて呼びに来た。彼女の様子からすると大変なことが発生したようで、何事がと思わず貧血の症状になりそうな感じがした女将の廣江だった。
彼女に促されて急いで事務所に入ると4名いる全員の表情が普通じゃない。いよいよ戦慄を覚える廣江だったが、予約担当の男性課長が「これをご覧ください」と説明してくれたのは机の上に置かれたノートパソコンの画面。そこに廣江の写真が画面に出ていた。
「これは?」「半年ほど前にHPのリニューアルを依頼したIT制作会社の社長さんから電話があって調べたのですが、これがそれなのです」
画面はインターネットで誰かが開設した信じられないサイトで、「美人女将ランク」というタイトルで、ご丁寧にも投票が可能となっており、廣江が第3位になっていた。
写真はフロントでスタッフと打ち合わせをしていた時に斜め前方から望遠撮影されたもので、当館を過去に利用されたお客様とは思いたくないが、仕入先など関係者とは思えず困惑していた。
トップにランクされている女将はテレビの旅番組で紹介されていた中国地方の温泉旅館の若女将で、確かに美人だが勝手にランク付けされて自分が3位という事実に怒りを覚え、「こんなことが許されるの?」と思わず声を発した。
詳しくサイトを確認してみると、登場している女将は17名で、廣江と同じような館内で盗撮したような物もあれば、旅行情報誌や週刊誌、またテレビの旅番組のHPから転載されたらしいケースもあり、よくもこんなランク付けを発想したものだと腹立たしいことを通り越し、ただ呆れるばかりの思いだった。
「これ、かなりのアクセスがあるようです。あちこちのブログで広がっているみたいですし、2チャンネルに掲載されて一気にアクセスが増えたようです。女将さんが1位になるように我々の組織票で投票しましょうか?」
そう言ったのは廊下を走って知らせに来てくれた女性スタッフだが、廣江は勝手に写真を撮影されて晒されているような思いがしてならず、法的に対処出来ないのだろうかと思い、登場している女将さん達で知らない人達もあると想像し、取り敢えず観光組合の事務局に電話を入れ、それぞれの地元の観光組合や旅館組合に知らせてくれるように頼んだ。
その行動は予想外の問題に発展した。たまたま事務局に来ていた組合長から組合員である各旅館に情報が広まってしまい、その事実を知った廣江は後悔することになった。
廣江は34歳で誰からも美人と言われている美貌の持ち主だが、こんなかたちで自分が紹介されていることは納得出来ず、何か対策はないのだろうかと焦燥感に苛まれていた。
それから30分も経たない内に観光組合の事務局から電話があり、第一位にランクされている若女将も前から事実を知っており、顧問弁護士が法的に問題があるので削除するように警察を通じて数日前に申し入れているそうで、間もなくサイトが閉鎖されるだろうという報告だった。
「女将さん、まだ安心出来ませんよ。興味を抱いた人が写真を保存して別のページに投稿して拡散されてしまうことも考えられますから」
そんな恐ろしいことを教えてくれたのは予約担当の課長だが、「美人という有名税みたいな宿命かもしれませんよ」という言葉で結ばれることになった。
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