ご到着のお客様を玄関でお迎え申し上げ、そのままフロントまでご案内することもあるが、あるご夫婦がチェックインされる時、身に付けられていたイヤリングがあまりにも素敵で興味を持ってしまい、夕食時に部屋に挨拶に参上した時にお聞きしてみようと思っていた。
初めて目にしたタイプのかわいい品のあるイヤリングで、何処で入手されたのだろうかと気になってならず、それは自身も人とは違う物を身に付けたいと思う女心からだとは理解していたが、女将の菊香がこんな思いを抱いたのは久し振りのことで、それだけそのイヤリングに魅力を感じたということになる。
やがて夕食の時間帯になり、部屋担当の仲居達が部屋食の料理をワゴンで運んでいる。
菊香の旅館はかなり大規模な建物で、夕食も「部屋食」「食事処」「レストランバイキング」の選択が可能となっており、イヤリングのお客様は部屋食となっていた。
「当館女将でございます。この度は当旅館を」ということから挨拶を初め、いわゆる定番の挨拶が済むと不謹慎だが楽しみにしていた質問に入った。
「失礼なことを申し上げるのですが、チェックイン時にフロントで拝見させていただいてずっと気になっておりまして」
そんなイヤリングに対する思いを伝えると、奥様は表情を和らげられ、「これであなたもその一人になったということね」と不思議なことを仰った。
事情を伺うとそのイヤリングを購入されたのは半年前北海道旅行で函館の湯の川温泉「竹葉新葉亭」という和風旅館に宿泊された時、売店の片隅に存在していたコーナーで目に留まり、手にして軽いので驚いたら、それが水引細工の作品であると知って購入されたそうだが、その後にそれを身に付けて出掛けると知人や友人達から「見せて」という声が想像以上に多く、中には旅館の電話番号を調べて何とかして欲しいと注文した人もいることを知った。
「女将さん、女って誰かから『素敵ね』『見せて』と言われたら嬉しいでしょう。それは私のような高齢になっても同じですし、この水引細工は今、大きな話題を呼んで注目を浴びているようだけど、売店で購入する時にスタッフの方が『この水引細工は創作される時に身に付けられる方が幸せになられるように念じておられるそうですし、お寺で祈祷をされてから販売されている』と言われたのが印象に残っているの」
アクセサリーを入れているお洒落なバッグから取り出して見せていただいたが、水引細工というのだから想像していた以上に軽いのでびっくり。どのような技術で組み込まれているのかは不明だが、純日本的な上品さが秀逸で、菊香は瞬時に欲しくなった。
「女将さん、私って意地悪な性格もありましてね。嫌いな人から聞かれても教えなかったら、その方はネットの通販専門の世界から辿り着き、『見つけましたよ』と言われて悔しい思いをしたけど、その通販でも高い人気が出ているみたいですよ」
オリジナルブランド「KAREN」というネーミングだそうだが、函館市内の「清雅舎」という会社が創作販売しているそうで、菊香は事務所に戻るとすぐにHPを検索して調べ、自分の好みの色を選択して注文。併せてネックレスも申し込んだ。
注文の申し込み手続きを終えてから考えたのが、これを身に付けられたお客様が来館くださったえにしの不思議。そのイヤリングを見なかったらこんな行動をすることもなかっただろう。HPに掲載されていた創作品は、やはり平面としてしか見えず、現物を目にした時とお客様の部屋で実際に手にした時の驚きは本当に嬉しいことで、その出会いが最近には珍しい新しい発見ともなった。
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