10月もこの時期になると山間部の冷え込みが厳しくなる。各部屋のテーブルは櫓こたつとなっているが、専用布団を今日からセッティングするようになった。
一方で、料理長から今日からの秋メニューが提出された。すき焼きも可能だし、「松茸づくし」というコースも登場している。
社長である夫が10年ほど前から松茸で知られる地元の山の地主と契約を交わし、高質な松茸が入手されるので可能なことだが、「焼き松茸」「土瓶蒸し」などはお客様から喜ばれており、この時期になると毎年来られるお客様も数組おられるので歓迎している。
モロッコ、北朝鮮、韓国、カナダなどの松茸も輸入されているそうだが、やはり純国産の松茸の香りはならではのもので、松茸に詳しいお客様ほど高い評価をくださるので嬉しいことで、社長と共に喜んでいる。
この温泉地では「牡丹鍋」や「桜鍋」を出しているホテルや旅館もあるが、杏奈が女将をしている旅館では牛肉のすき焼き以外は出していなかった。
牛肉は良質な食材で知られる三重県の松阪産のもので、これも社長が4年前に開拓したルートから入手しているもので、その美しさと味の素晴らしさに驚嘆のお声をいただいているが、料理長は「食材の成す結果。私の出番はありません」と笑っている。
しかし、その肉を選択する時に皆ですき焼きの鍋を囲んで確認したが、誰もが「初めて食べた!」と驚いたことも事実だった。
正直に吐露すれば仕入れ価格が半端じゃなく、宿泊料が高額な杏奈の旅館だからこそ提供出来る代物で、同業他社では絶対に無理な条件となってしまう。
今は亡き先代社長夫妻が現役時代に常々仰っていたことに「本物を提供しよう。安くても偽物には手を出すな」という経営哲学があったが、それは企業理念として現社長に引き継がれており、杏奈も日々に支える努力をしている。
部屋数の少ない杏奈の旅館は夕食と朝食に特化している。それを目的にご利用くださるお客様が多く、いつも満室なので同業他社から羨まれている。
社長の拘りも半端じゃないが、料理長の食材への拘りも病的なほどで、おかしな物をお客様に出すならこの旅館を辞めると常々言っており、自身で調べて来た農家と特別な野菜を入手するルートを構築しており、そこから毎朝届けられる白菜、ネギなどは誰もが驚かれるほど新鮮で、朝食に出される厳選された豆腐と牛乳も大好評である。
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