ホテルと称されるところの朝食はバイキングが主流だが、旅館の中にも採り入れるところが増えている。
志摩子が女将を務めている旅館は部屋食が売り物で、特に朝食は旅館ならではの日本の文化という持論があり、それを目的にやって来られるリピーターのお客様もあるので手抜きが絶対に出来ず、料理長とコンビで真剣に取り組んでいた。
そんな二人が拘っているのが、朝食時に添える牛乳、味噌汁、豆腐、味付け海苔で、どれも自身が気に入ったものだった。
味付け海苔は熊本県の有明海産で、何度か足を運んで特別にお願いした逸品だし、豆腐や味噌も厳選していた。
そんな志摩子が学ぶことになった出来事があった。2年ほど前に学生時代の友人が家族連れで利用してくれた際の朝食でのことだったが、生卵と少しだけ出汁を入れた出汁巻き玉子を出したら、「これは拙い。素晴らしい養鶏場を紹介して上げるわ」と数日後に彼女が送ってくれた玉子にびっくり。卵掛け御飯にしようが玉子焼きにしようが全く異質のレベルで、その日に遠いところまで出掛けて特別に納品して貰う契約を結んだ。
これは志摩子も料理長も初めて知った絶品で、鶏に与えている餌の内容を呼んで「ここまで拘っているの」と驚いたものだった。
「にんにく・人参。ビール酵母・胡麻。海藻・乳酸菌」などの天然自然資料を与えて飼育環境も整えているので特別な玉子が出来るそうだが、それはお客様方にも評判を呼び、「仕入先を教えて」と何人ものお客様から懇願されて困ることになっている。
市街地から離れていない温泉地の旅館では、ビジネスホテルに対抗して「朝食のみ対応」というプランを打ち出しているところも増えたが、志摩子の旅館は過去にご利用くださったことのあるお客様限定で「朝食のみプラン」を設けており、飛び込み的なケースは予約を受けておらず、これも志摩子の拘りのひとつとも言えるだろう。
先代が亡くなってから7年になるが、先代は「女将や旅館の経営者は、旅をして客として学ばなきゃいかん」と常々言っていたことがあったが、朝食の拘りが始まったのもそんな体験から学んだ集大成と言えるかもしれない。
世の中の高級旅館にも様々あり、部屋の掛け軸や置かれている花瓶が高級なケースもあるし、食器だけが高級で料理は高級でないケースもあるので衝撃を受けることもあるが、何事も体感に勝るものなしという哲学から「他山の石」として学んだ教訓も少なくない志摩子だった。
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