20年前から交友関係のある旅館が北陸の加賀温泉にあるが、そこから女将の祐里奈夫婦に招待状が届いた。
それは後継者が結婚する披露宴の案内で、金沢市内のホテルで行われ、最近には珍しい媒酌人が存在する形式で、地元の観光組合の組合長夫妻の名前が記載されていた。
同封されていた葉書に「おめでうとございます」のお祝いのメッセージを添えて書き込んだが、社長である夫はこんな場合のマナーに厳しい考え方をしており、「御欠席」や「御出席」の「御」の文字を斜線で消す時にでも黒ではなく「赤」の「祝」という文字で消すという徹底振りで、受け取られた方から驚かれたことが何度かあった。
後継者は過去に研修で祐里奈の旅館に来ていたこともあり、祐里奈夫婦は喜んで出席することになったが、負担を掛けたくないことと体験のために別の旅館に宿泊することにして前日から行く行程を決めていた。
そして披露宴の日を迎えた。地元議員が数名出席されていたが、その方々と同席というメインテーブルで恐縮した。
夫が来賓の一人として祝辞を述べたが、極めて常識的なレベルの内容だった。
驚いたのは司会を担当していた女性だった。新郎新婦を迎える前に次のようなアナウンスをしたからだ。
「これより新郎新婦が入場されますが、恐れ入ります。拍手に尽きましてはお控えくださいますようお願いいたします」
これまで何度か結婚披露宴に出席した体験があるが、「盛大な拍手でお迎えください」とは聞いたが、「お控えください」と遠慮するようなことは初めてのことで、会場内にはどよめきが起きたような感じがした。
やがて音楽が流れ、司会者が新郎新婦や喜びのご両親の心情を拝察するような言葉と、結婚という縁の不思議を優しく語り掛ける内容が素晴らしく、ホテルスタッフが先導して高砂の席に着いてスポットライトが当てられた瞬間に「どうぞ、盛大な拍手を」と言われて、これまでに体験したことにないような拍手が会場に反響した。
彼女の進行にはもう一つ驚かされたことがあった。それはお開きの時間が近付いた時に行われた新郎新婦から両親への感謝のプレゼントのひとときだったが、会場の客殿が徐々に暗くなって行き、しばらくすると隣席の人も見えないぐらい暗くなり、「何が始まるのだろうか?」と思っていると高砂の席に照明が当てられ、そこにご両親が着席されていた。
スポットライトは一方でご両親がおられた出口側の席の方に当てられ、そこには新郎新婦が立っており、次のようなアナウンスが流れた。
「今日、このようにお2人が巣立つことになりました。お育てくださったご両親は高砂の席におられます。これが本当の意味での披露宴だと言われる新郎新婦お2人のお考えからこの設定とさせていただきました。育てていただいて有り難う。そんな万感の思いを込められた感謝のプレゼントを捧げられます」
それは「上から下」ではなく「下から上」へ捧げるハートが感じられて好感を抱いたが、祐里奈も子供の存在があり母の一員である。この光景には自然に感涙してしまってハンカチを取り出したが、夫も涙ぐんでいたので同じような思いを抱いたようである。
新婦のしたためた感謝の手紙などを司会者が代読して「お涙頂戴」というパターンが多いが、こんな体験は初めてのこと。会場に爽やかな雰囲気が流れ、「お涙頂戴」ではないのに自然に涙が出て来た。
後で知ったことだが、この進行台本は全て司会者の提案で、新郎新婦が賛同したものだということだったが、祐里奈の子供が結婚する時もこの司会者に担当して欲しいと所属事務所と名前をメモして来ることになった。
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