女将の与理子がその日のチェックアウトのお客様の最後のお2人を見送り、ロビーの清掃をするスタッフの手伝いをしてからラウンジでコーヒーを飲んでいると、顔馴染みとなっている宅配便のスタッフが何かを届けに来館した。
「社長さん宛です」という声が耳に入ったので「私が受け取ります」と伝えてラウンジでサインをすることになったが、宅配会社のスタッフが玄関を出た時に届いた物を確認したら、また夫がテレビのCMを観て衝動的に注文をしてしまったサプリメントのようで、所用があって観光組合に行っていた夫が戻ったので問い質すと、やはりサプリメントで、それも「ミドリムシ」と聞いてゾッとした。
抵抗感を示す与理子の表情を見た夫は、「ミドリムシと言っても虫でなく、藻の一種だから誤解しないでくれ」と言い訳をしたが、それに続いてそれが「ユーグレナ」という商品名であることを知った。
与理子も何度かテレビのCMを見たことがあるが、「ミドリムシ」のことだけが印象に残っており、まさか夫が注文するとは想像もしていなかった。
「与理子を飲まない?」と言われて「絶対に飲まない」と即答で返した与理子だったが、どうしても「ミドリムシ」というイメージを払拭することが出来なかった。
夫は「ユーグレナ」についてかなり調べたみたいで、まるで専門家のような雰囲気で解説をしてくれたが、動物性ではなく植物性だと言われても絶対に抵抗感が強く、「私の見えるところで飲まないで」と念まで押した与理子だった。
それにしてもどうして「ミドリムシ」という言葉を使用しているのだろうかと疑問に思えてならず、それで売り上げが随分と影響するような気がした。
「これ、身体によいみたいだよ。社長会で飲んでいる人もいるし、田村さんなんかご夫婦で愛用されていると言っていたよ」
田村さんとは温泉街の近くにある旅館の社長だが、女将とは随分昔から交流があり、何度も一緒に食事をしたことのある与理子だったが、あの女将さんがこんあサプリメントを愛用されているとは信じられなかった。
薬やサプリメントなどは服用する本人が効能があると信じることが何より効力に期待出来るという説があるが、夫が健康を留意するために様々なサプリメントを次々に買ってしまうことは止まらないようで、いつの間にか服用することを止めてしまった物も少なくなく、スタッフ達が「社長の趣味みたいなもの」という言葉が言い得ていると納得する与理子だった。
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