女将の美枝が楽しみにしているテレビ番組がある。それはBSで放送されている若い女性が全国の「野天風呂」を廻っているものだが、地道の細い山道を車で走行中に鹿に遭遇した光景にびっくりしたし、熊に出遭った際の対策として音の大きな鈴の携行や撃退用スプレーを準備しているのも驚いている。
装備は完全な登山姿である。テレビ局の企画番組なので地元の詳しい方がサポートされているようだが、社長である夫と2人でいつも観ており、何かの予定があって観られない時は録画をしており、夫の書斎の棚にはこれまでの多くの枚数が並んでいる。
お客様の中にも「この辺りに野天風呂はあるの?」と聞かれることもあり、観光課の職員や地元の高齢者の方から様々な情報を教えて貰ったこともあるが、残念ながら近くにそんなものはなく、組合と地元が共同で2年前にオープンさせた外湯の利用を勧めている。
車で5分ぐらいの距離で、スタッフが送迎をしているので喜ばれているが、午後10時に閉業するのを1時間延ばして11時にしようという話し合いも行われている。
この温泉地には温泉の他にお勧めスポットと言われるような存在はなかったが、歩いて1時間ぐらいの山間部にある「神社」がテレビ番組で「幸せを呼ぶスポット」として紹介され、それから旅館を朝に出てハイキング目的で行かれる方々が増え、昼過ぎに戻って来られるのだが、美枝の旅館でそんなお客さんのためにランチサービスを提供するようになってから好評で、他の旅館を利用された方々も来られるようになって賑わっている。
何が幸いのきっかけになるかは分からないもの。神社が注目されるようになったのは昔から置かれていたかわいい猫の置物から。それは言い伝えによると地元の人が可愛がっていた猫が死んでしまったのを悲しみ、石の彫刻で作って奉納されている物で、その出来栄えが余りにも素晴らしく、参拝者が思わず頭を撫でる慣習になって知られるようになったものである。
便乗商法というのだろうか、神社も「猫占い」というお神籤を作って人気が高いし、同じデザインの縫いぐるみを発売する土産物店まであるのだから驚きだが、美枝の旅館もお蔭で潤っているのだから喜んでいる。
観光課も地元のバス会社と話し合って最寄り駅、旅館街、神社の麓を結ぶバスを走らせる予定だが、旅館組合はハイキングコースとして打ち出したい思いもあり、高齢者や障害のあるお客様にはスタッフが送迎する方法をそのままにしたいと考えており、互いのギャップがあることも事実だが、女将の美枝の正直な考え方は、お客様がご自由に選択出来ることがよいということで、バスもありかなと思っていた。
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