旅館の売り物である夕食と朝食時に「おしながき」というように、出される料理の内容を案内したプリントを何処でも見るが、美咲が女将を務めている旅館では上質の「和紙」が用いられていた。
デザートの前に「御飯」があるが、美咲はお米の名柄に拘っており、全国各地からネットで取り寄せ、実際に炊いて食べてみて決めていた。
「ゴロピカリ」「きらら397」「夢つくし」「ななつぼし」「ひとめぼれ」「ササニシキ」「コシヒカリ」「あきたこまち」「ゆめぴりか」「ふっくりんこ」「森のくまさん」「つや姫」「まっしぐら」などを試食したことがあるが、美咲と料理長の考え方で共通していることは名柄が訴える文字のイメージで、和紙に書かれた御飯の文字の添え書きにある「名柄」が「美味しそう」「どんなのかな?」とお客様が興味を抱かれることが重要と思っており、これまでに選択してお客様が期待された名柄は「ゆめぴりか」と「ふっくりんこ」だった。
最近は米農家が拘るケースも目立って増え、料亭、ホテル、旅館と契約を結んでいるところもあり、農薬を一切使用せずに水に拘ることで特別に美味しいお米が生産出来ると解説していた専門家の意見もあった。
御飯は米も重要だが、焚き方に左右されることも大きく、最近では高額な炊飯器が登場しているが、美咲の旅館の料理長は昔ながらの釜に拘っており、美味しく炊き上げるには何より火加減と熱加減にコツがあると力説しており、美咲はこの焚き方については料理長に任せていた。
「光っている」「ツヤがある」「立っている」なんて表現もあるが、本当に美味しい御飯を食べると「幸せ感」が生まれるもので、それは旅館の存在意義の重要な基本であるというのが美咲の信念であった。
次々と販売される炊飯器を購入して試してみたこともあるが、米の名柄に合う合わないがあるみたいで、やはり料理長の釜の火加減を超えるものはなかった。
高額な炊飯器を購入して使用しなかったら勿体ないといことになるが、美咲はそれらを仕入先に半額で購入することを頼み、酒店やクリーニング店に協力して貰っていた。
それらの店も高額だけど半額なら買い物だと奥さん方にも歓迎されたみたいで、炊飯器を渡す時には5キロのお米をプレゼントしていた。
美味しい御飯を提供すると、「お米を持ち帰りたい」と言われるお客様もあるが、それに対してやんわりと「料理長の火加減と熱加減によるもので、決してお米そのものではございません」とお断りしている。
やはり新米は美味しいもので、水加減さえ間違わなければ美味しく炊けるが、やはり料理長のようなプロと呼ばれる人達のようには行かない。
これからも次々と品種改良が行われて新しい名柄が登場するだろうが、ネットや新聞記事で確認しながら、美咲のお米探しの試食はずっと続く筈である。
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