町の観光課と旅館組合の合同会議が数日後に行われる電話があった。その日、玄関口にいた男性スタッフに車で送って欲しいと命じ、旅館名の入ったワゴンに乗せて貰って役場の会議室へ行った。
寛子が女将を務める旅館は山間部の歴史ある温泉地で、静寂な雰囲気が文人達に歓迎され、多くの著名人の作品の中にこの温泉地のことが出て来ていた。
会議室に入ると観光課の女性職員がお茶と茶菓子をそれぞれに対応し、皆が揃ったところで町長が挨拶。その言葉の中に「名誉なことで」という言葉が出たので何事かと思ったが、詳しいことは組合長からと委ねる言葉で結び、公務があるので出掛けると退室された。
組合長が話した本題は、寛子も全く想像していなかったことだった。組合員の一員で一軒の旅館が囲碁の本因坊戦の会場と決まったそうで、取材に来るマスメディアや多くの囲碁ファンがやって来る可能性があり、各旅館が受け入れて協力して欲しいというものだった。
お客様が訪れてくださることは大歓迎だが、組合員の中に囲碁に詳しい社長がおり、これは実現する可能性が低いと発言をしたので知らない組合員達の注目を集めた。
それによると本因坊戦は第7戦まであり、どちらかが4勝した時点で終わってしまい、今回に予定されているこの地で受ける対戦は第7戦目なので3勝3敗にならなければ行われないことになり、そのパーセンテージはかなり低いというものだった。
ここでそれらについて次々と質問が出た。それは出席者が共通して思う問題で、その開催予定日の予約をどうするかということで、対戦に関係のない旅行のお客様の予約を入れていると難しいことになる恐れもあり、4戦目から第7戦目までは約1ヵ月の期間があるので複雑な問題が絡んで来ることも予想出来た。
「まあ、難しく考えないように。会場を提供される旅館さんが中心となって対応されるので、その範囲で収まる可能性もありますし、もしも対応不可能という状況になればご協力をというレベルでありますから」
それだったら初めからそう説明するべきではと思った寛子だったが、戻ってから囲碁の世界について調べてみようと考えていた。
帰りは近くの旅館の女将と歩いて戻ったが、彼女の話によると会場と決まった旅館の親戚が主催する新聞社の役員で、その推薦で今回のことが決まったことを知った。
囲碁があれば将棋の世界もある。名人戦という言葉を聞いたことがあるが、いくつか大きな対戦があるらしく、同じようなことがまた起きるかもしれず、旅館の女将としての知識としてその世界のことを学んでおこうと思った寛子だった。
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