女将の富士子は業界で知られる存在だった。テレビ番組に何度か出演しているし、旅行雑誌や週刊誌にも採り上げられたこともあることから全国各地のホテルや旅館との交友もあった。
そんな中に東北の山奥にある温泉地の旅館の女将がいた。彼女の旅館は11月の下旬から翌年の3月いっぱいは休業することになっている。それは豪雪地帯で道路が積雪で通行不可能になってしまうからで、数年前の夏に立ち寄ったことがあるが、休館している時は山を下りて町の中心部にあるマンションで生活をしていることを知った。
その時に同じ県内にある温泉地の旅館の女将も富士子が来るということでやって来ていた。彼女の旅館はスキー場のすぐ近くなので冬場はかなり予約が取り難いそうだが、一方の夏場は閑散となるそうだ。
彼女は地元生まれの地元育ちでスキー技術が卓越し、高校時代に国体選手として活躍していたが、彼女の教えてくれた雪質についてのことは富士子も初めて知ることになった。
「雪って、その地によって質が異なるの。関西や中国地方の雪は水分が多いけど、長野県の山間部や私達の東北の山奥、また北海道の雪は俗に言われる『粉雪』で、転んでも衣服を濡らすことはないけど、風が吹くとスノーパウダーと言われるような状況になるので怖いのよ。でもね、水分の多い雪質で滑っていて粉雪の所へ行くとスキー技術がアップしたような錯覚が起きるの。それだけ滑り易いということになる訳で、外国の人達が北海道でスキーをしたいとやって来られるのはそんな雪質が歓迎されているの」
富士子も学生時代から何度かスキーに行ったことがあるが、いつも飛騨高山の方だったが、長野県の志賀高原に行った時は確かに滑り易かったことを憶えており、それが技術ではなく雪質が原因していることを教えられたのである。
富士子の素朴な疑問は冬場に閉館している旅館で経営が成り立つのだろうかということだったが、そんな質問に女将が次のように答えてくれた。
「不思議に思うでしょう。我々夫婦は道楽で旅館をやっているみたいなもので、『秘湯の会』の一員として素晴らしい源泉を何とか守り続けたいと思っているの」
彼女の話によると、料理長はじめ厨房のスタッフは、閉館中は交友のあるホテルに勤務しているそうだし、仲居さん達も昔から関係のある友人の旅館に勤務しているそうだが、女将夫婦を入れて8人で切り盛りしているそうで思わず応援したくなり、自分の旅館がもっと近ければと思いながら、よければ富士子の旅館で期間勤務を受け入れてもよいと提案した。
「秘湯の会」に加盟している旅館の中にはそんな考え方の経営者もおり、それを知る利用客たちが訪れて応援しているみたいだが、その源泉の自然の恵みは本当に素晴らしいもので、女将夫婦が守りたいという思いが理解出来た体験でもあった。
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