登紀子が女将をしている旅館は訪れる人が激減している観光地にあった。ただ細々と経営が続いているのは設備投資した建設費用の借入金の返済が3年前に完済出来たこと。毎月返済していた元金と金利から解放されたことで何とか運転資金が回っているが、このままでは何れ限界が訪れるだろうという危機感を抱いていた。
そんな中、この温泉地にある16軒の旅館の中で閉業を発表したところがあり、そこを格安の価格で全国展開しているグループが買い取って営業することが判明した。
それは他の旅館にとって大きな問題だが、注目されているグループで活発な宣伝行動もしているところからこの観光地が知られることはメリットとして捉える考え方もあった。
でも何とかしなければと思っていた頃、ある日100メートルほど離れた所にある旅館の女将である志保から電話があり、相談したいことがあるからとやって来ることになった。
互いは随分前から交流があり、時折に近くにある喫茶店で顔を合わすこともあったが、折り入ってと言っていた言葉が気になりながら彼女を迎えた。
ティーラウンジでコーヒーを飲みながら会話が始まったが、彼女が始めに話題にしたのは前述の格安旅館のオープンで、このままでは古くからある老舗の旅館は淘汰されてしまうという危機感だった。
「登紀子さん、このままではお互いが厳しくなることは目に見えており。少しでも知恵を出さなければいけないと思うの。だと言って設備投資や大々的な宣伝費用を費やすことも出来ないし、そこで費用を最小限にして互いにプラスとなるのではと考えたのが『姉妹館』というもので、互いの旅館が姉妹館ということをパンフレットやホームページで広報し、どちらの大浴場もご自由という発想と、2軒の旅館でしか受けられないサービスの提供やオリジナルの共通メニューをお客様に提供することもと考えたいの」
提案を聞きながら大きな投資金額が不要と言うことが何より興味深く、お互いに生まれるメリットとデメリットについて話が進んだ。
二つの旅館の大浴場を使えるとなれば歓迎されるお客様もあるだろうし、共通の「プラン」も設定することも考えようと進展することになった。
両館の社長同士も昔からのゴルフ仲間で問題はないだろうが、近々に両館の主だったメンバーで話し合うことになった。
抜本的な改革とまで考えると難しいが、負担が少なくてプラスが見込めるならやるべきということになり、互いの旅館の中で取り組みに関して会議が重ねられ、両者が合同会議を行った時にはスタッフや料理長から提案された斬新な発想もあり、思わぬ展開を見せる結果となった。
互いのパンフレットまで進むのはまだ在庫もあり難しいが、取り敢えず両館のHPに姉妹館という表記をすることにした。
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