今日から4日間に2本の短編小説を掲載する。これは元々この各駅停車の女将シリーズに掲載する予定だったが、メールマガジン「まぐまぐブログ」に掲載したものである。「この話を多くの人達に知って欲しいですね」というメールを頂戴したのでこちらにもということにした。
「女将の決断」の前編と後編。「女将の父の葬儀」の前編と後編で4日間となるが、ご笑覧いただければ幸いである。
小説 女将の決断 前編
佳緒理が女将を務める旅館は市街地から国道を山間部の方へ向かって20分ほどの温泉地にあり、市街地の企業や団体が宴会で大広間を会場とすることも多かった。
市街地にあった中堅のホテルが経営不振から2か月前に閉業し、そのホテルを例会場として月に2回の会合をしていた社会奉仕団体も佳緒理の旅館に変更することに決まり、2週間に1回の会場利用が始まっている。
この例会は昼食時に行われるので宿泊されるお客様とバッティングすることもないので問題ないが、準備を依頼されている会食の予算が厳しく、料理長から「駅弁より少し増し程度になりますよ」と言われている。
しかし、1年に2回ほど大きなイベントが行われることもあるそうで、その時は一般的な予算で会食となるので期待を寄せている佳緒理だった。
佳緒理の旅館の社長は夫であるが、この社会奉仕団体の例会場として会場提供をすることが決まったところから、そのメンバーの一員として入会することになり、本人は嫌がったが佳緒理の説得で何とか納得をしてメンバーとなっている。
大広間には「私達は飲酒運転撲滅を願っています・・スタッフ一同」という言葉が壁に掲示されており、地元の防犯委員会の会合に出席された警察署長から「よいことです。歓迎いたします」と言われたこともあるが、この掲示をすることになったきっかけは悲しい出来事があったからだった。
それは新しい年を迎えてしばらく経った頃だった。近所の小学校2年生の可愛い女の子が前を通る県道で交通事故の被害に遭って亡くなり、その加害者は飲酒運転で「昼間だから検問をしていないと思った」と供述していたそうで、誰もが隣町に住むその加害者に対して腹立たしい思いを抱いていた。
何度か佳緒理の旅館のロビーでも遊ばせていたこともあり、加害者に対して怒りを覚えると同時に、自分の身内が被害者になったように思えて深い悲しみに包まれることになった。
次の日に行われたお通夜に弔問に行ったら、先生に引率される多くの子供達が参列している光景に一層悲しみを強くしたが、祭壇に飾られた可愛い幼子の髪にお気に入りのリボンが結ばれているのを目にして、元気に遊んでいた時の姿が思い浮かんで涙が止まらなく流れていた。
それから20分ほどするとお通夜の始まる時間を迎えたが、司会を担当する若い女性司会者が次のようなお断りのアナウンスをした。
「私は本日の司会を担当します。葬儀の司会者ではございますが、一人の人間であり感情もございます。ご参列の皆様と同じで悲しみに包まれています。間もなくお寺様をお迎えして式次第を進めますが。進行の中で悲しくなって取り乱して言葉にならないことがあるかもしれませんが、その時は、どうそお許しくださいますよう伏してお願い申し上げます」
それに対して抵抗感を抱く人は誰もいなかったと思える。司会者は当日の朝に担当を依頼されて悩み、日頃に指導を受けている先輩の司会者に電話で相談したら、「涙を流すようならプロの司会者じゃない。取り乱したり言葉にならないなんて恥ずかしいと思って担当しなさい」と言われて一層担当したくない思いに襲われていた。
そんな彼女が昼過ぎに行動したことがあった。毎日ネットで訪問している葬儀司会者に対する質問で、自分の思いを切々とメールで勝手に崇拝している人物に伝えたのである。
相手の人物はこの業界では神的存在で知られる方だし、何処の司会者とも知らない私のことに対応してくださるとは考えてはいなかったが、心の中の思いをぶつけることで少しでも自身が何か気付くことになればと思っての行動だった。
その日の夕方、覚悟を決めて式場に行こうと思って着替えを済ませ、何気なくパソコンを開いたらメールの返信が入っており驚くことになった。返信は次のように書かれてあった。
明日に続く
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