早くご到着されるお客様は午後2時半頃にチェックインをされる。自家用車やタクシーが玄関に到着した際にスタッフの姿が誰もいなかったら観光地の旅館やホテルのサービスとしては基本的な致命的な問題となるので気を付けなければならない。
女将の遼子旅館ではそんなことにならないようにと、幹線道路から玄関へ上がる侵入口の両側にセンサーとカメラを装備、告知音が鳴ると玄関へ行くと車が到着するというタイミングとなっている。
玄関でのお迎えは副支配人が担当しているが、出来るだけ遼子も出るようにしているのに、今日は朝から風邪気味で微熱があり、いつもお世話になっている医院で午前中に点滴を受けて来たが、悪化して寝込むことがあると困るのでフロント横でお客様を迎えていた。
「いらっしゃいませ。**様。お待ち申し上げておりました」と歓迎イメージの言葉を伝えるのだが、お客様のお名前については玄関で副支配人が確認したことをインカムでフロントに伝えられており、そんな事情を知らないお客様が驚かれて「初めてなのにどうして名前を?」と質問されることも少なくない。
フロントでのチェックインが終わると待機していた部屋係の仲居が荷物を受け取って部屋へ案内するが、ロビーからエレベーターの所に行く前に大浴場の場所に通じる廊下を説明し、そのフロアにある施設についても説明することになっている。
初めて部屋担当をした仲居が張り切っていた。体調を崩して欠勤した仲居が出たので代行したものだが、「何時かは自分も」と思っていたようで、ロビーでの案内コメントをスムーズに説明していた。
しかし、遼子は彼女の言葉遣いが気になっていた。どうも観光案内のような感じになっていることと最近の若いコンビニのスタッフ達の会話に多い気になる言葉があったからで、それについて彼女がお客様情報を記入したカードを持ってフロント戻って来た時に指導することにした。
厨房へ伝える情報を渡してフロントへ戻って来た彼女に、「言葉遣いで気になっているの。全体的なイメージが旗を持った観光バスガイドさんがゾロゾロとお客様を連れて案内しているような感じで不適切よ。それにね、『あちらが大浴場でございま~す。この廊下の突き当りにございま~す』と、どうして『ま~す』と延ばすの。だから余計に観光案内になってしまうのよ」
いつもの遼子ならもっと優しく指導しただろうが、自身の微熱という体調がそうさせたようで、自分でもちょっと「きつい」と思っていた。
それを聞いていた支配人が、「部屋係を担当するようになったらお客様と直接会話をする機会が増える訳で、仲居一人一人の接遇での言葉遣いが何より重要になるのです。自分で意識することから癖や訛りが正常になるのです。がんばってね」と優しくフォローしてくれた。
そんな頃、次々にお客様のご到着を知らせるセンサーの告知音が連続で鳴り出していた。
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