山の紅葉の色が変わり、季節は秋から冬が近いことを教えてくれている。数日前に料理長をはじめ厨房スタッフと一緒に年末と年始の料理について打ち合わせていた。
女将の幸奈は毎年この時期が来ると気分が重くなることになる。それはスタッフを休ませずに仕事をさせるという旅館業務の宿命に疲れてしまうからで、社長である夫は対照的にポジティブな考え方でこの時期を迎えている。
夫の楽しみなことは大晦日に宿泊されるお客様方と一緒に餅つきイベントを行うことと年越し蕎麦を振る舞うことで、それらが夫の仕事となっているからだった。
厨房のスタッフに高齢だが蕎麦打ちに長けた人物がおり、ロビーに特設コーナーを設けて彼が蕎麦打ちの実演をするのも定番となっている。
料理長は元旦の朝食から三が日のメニューに取り組んでいる。この期間は宿泊料金も特別料金となっているのは常識だが、お客様に「それだけの価値観があった」と言っていただけるようにしたい思いが強く、それは幸奈も同じだった。
関西と関東の雑煮の異なりもあるが、この正月の定番である雑煮は地方それぞれに独特の特色があり、料理長は長年の体験からお客様に5種類から選択可能なメニューを提供している。
白味噌出汁もあるし吸い物風の物もある。それぞれの特徴を書いた説明書を準備して選択して貰うのだが、お客様の中には2種類や3種類を懇願されることもあるので大変だが、仲居から伝えられたその要望を快く対応してくれる厨房スタッフもこの旅館の素晴らしいおもてなしと言えるだろう。
正月料理に欠かせないのはお節料理だが、料理長は器である重箱を記念にお持ち帰りいただけるように考慮しているのでお客様の満足度が高く、3が日を過ごされたお客様がチェックアウト時に1年後の予約をされて行かれるケースもあり、その方々のご親戚やご友人の方々も来られることになり、料理長は「越路吹雪さんのディナーショーみたいだ」と言っている。
随分と昔から越路吹雪さんの大ファンだった料理長は毎年クリスマスイブに行われていたパレスホテルのディナーショーで、彼女はイブはパレスホテル以外では行わない何かの事情があったという伝説もあり、ディナーが終わると次年度の申し込みで満席になるので知られていた。
「越路吹雪さんのディナー券はプラチナと呼ばれていたが、当館の年末年始がプラチナと呼ばれるように頑張ろう」と周囲に呼び掛けていた。
女将夫婦も料理長の勧めで越路吹雪さんのディナーショーに行って考えきした思い出があるが、最後まで次の年のチケットの入手が出来なかった。
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