昔に利用したことのある列車が運転されなくなくなってしまうことは寂しいことである。記憶の中には、青春時代に乗った「わかば」のような修学旅専用列車もあるが、友人達と出掛けた旅、夫婦あるいは家族で利用した思い出の列車が、JRのダイヤ改正で変更されて次々に消えてしまうのは複雑な思いが生まれる。
遠い時代、「特急こだま」が大阪と東京間を6時間50分で結び、日帰り可能から「ビジネス特急」という愛称で呼ばれたが、それまでの「特急はと」や「特急つばめ」は7時間半を要していたので一気に40分の短縮となって話題を呼んだ。
当時の急行には「なにわ」「六甲」「よど」「せっつ「やましろ」「いこま」などがあったが、大阪の湊町から奈良を通る関西線経由で名古屋から東京に向かう「大和」も走っていた。
東京と名古屋間には「準急東海」があったし、大阪と名古屋間には「準急比叡」「準急伊吹」もあった。
また、大阪、神戸と東京を結ぶ寝台急行列車として「明星」「月光」「銀河」「金星」「彗星」が存在し、「第二なにわ」が「すばる」に「第二六甲」が「あかつき」に名称変更された歴史もある。
1967年から5年間だが、大阪から宮崎までの全車両一等という新婚旅行専用と言われた「急行ことぶき」も運転され、大安の日の大阪駅での見送りの光景がニュースで流れていたのを覚えているし、知人にそれで新婚旅行に行った人もいる。
昔の在来線の列車で情緒があったのは食堂車の存在。新幹線ではそうでもないが、前にも書いたように、在来線の食堂車でビールを注ぎ合うのは横揺れから至難の業。自分でやるのが「通」の行動だった。
青春時代、知り合った集団就職で来阪された人達がお盆や年末の帰省で切符を入手するのは大変な労苦。大阪駅の西口と東に臨時に開設された通称テント村で長蛇の列に並び、九州方面へ発駅着席券を手に入れるために長時間並ぶ光景が見られた。
東京まで「のぞみ」で2時間半の時代。鉄道は移動の手段の一つだが、昔の時代を体験した人達には、時間を要しても情緒や風情を楽しみたいという思いもあるようだ。
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