古くから知られる温泉地に十数軒のホテルや旅館があり、この中の中心部に位置する場所に貴美子が女将をしている旅館があった。
この温泉地の女将会の中で昔から語り継がれて来ている話に「女性の一人旅に注意」ということがあり、それはこの温泉地から少し離れた海岸が自殺の名所として知られていたからだった。
テレビドラマや映画の撮影でも採り上げられているこもありがた迷惑だが、断崖絶壁のその場に立つと、吸い込まれてしまうような錯覚が所持る友言われているので恐ろしい。
最近のホテルや旅館のHPには「女性の一人旅」を歓迎するキャッチコピーも多く、「自分にご褒美を」とか「エステで至福の安らぎを」なんて言葉が目に留まるが、昔は女性も男性も一人旅をお断りするところが多かった。
温泉の美容活用やエステが社会に登場して認識されるようになると宿泊を受け入れる側も様々な個性を打ち出すようになり、乾式サウナ、湿式サウナ、岩盤浴なども取り入れられ、女性の好む食事を提案していることもあり、女性の一人旅が増えていることは確かである。
深刻な事情を秘めて女性が一人旅をしている背景には「失恋」が多いと言われているが、部屋担当の仲居もそんな素振りを一切感じなかったというケースもあり、貴美子は仲居達を集めて異変に対する例などを教えて指導していたこともあった。
「少しでもおかしいと感じたら、必ず私に知らせてね」と伝えており、そんな場合は貴美子自身が部屋に参上して危険を察知しようと考えているが、チェックアウトされた次の日にそんな事件になれば最悪で女将として後悔になるので気を付けている。
2年ほど前のことだった。部屋担当のベテランの仲居がふと「おかしい感じがするのです」と女将に訴えた出来事があった。「何か暗い部分を感じてしまうのですが、私の気の所為でしょうか?」と言われたことから気に掛かり、部屋に参上して世間話から入ってしばらくすると堰を切ったように心の中に秘めていた辛い体験を語られ、深夜までお付き合いをして生きられる思いをされたものだが、数日後にご両親がわざわざお礼に来られて恐縮したことを思い出してしまった。
「人は辛い思いをしただけ人に優しくなれる」「涙は悲しい時にだけ流れであるものではなく、感情が極まった時にあふれ出るもので、生きている証し、生きなければならない証し」「涙の成分は真っ赤な血液。それが透明になって目から流れて来るまでのメカニズムこそが命を守るプロセスとなる」
そんなことをアドバイスした貴美子だったが、自ら死を選択しようとする時は、自信が悲劇の主人公になってしまったように錯覚に陥るものだが、誰かに打ち明けることで和らぐことになるが、相手によっては悩みを何倍にもしてしまうケースもあるので相手を選ぶことが何より重要だ。
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