JR最寄り駅から路線バスで40分も要し、新幹線や高速道路の恩恵もない古い温泉だが、有香が女将をしている旅館の温泉は秘湯という冠が伝わり、温泉ファンには垂涎の存在となっており、宿泊1泊2食付きの宿泊料金も10000円から15000円とリーズナブルなので、客室稼働率が高く健全な経営状況となっており、昔から「お客様第一」という姿勢の理念が受け継がれ、館内設備に投資をしているところから充実した環境が整えられていた。
峠を超え、少し下った所を流れる川沿いに十数軒のホテルや旅館が並んでいるが、その大半が昔ながらの木造建築で、組合や地元の観光課が重ねた合議から防火に関する設備は全ての施設に設置され、スプリンクラーの設置は地元の消防車が1台しかないという物理的な現実から対策が進んだものであった。
数年前に開催した女将会と社長会の会合で講師から指摘されて学んだことがあった。それは、自社だけがリニューアルして新しい企画を売り出してうまく展開していても、何処かの施設が疲弊して廃業したら温泉街として一気に崩壊する危険性があるというもので、互いが一丸となって隆盛を目指すことが重要と気付くきっかけとなった。
それから社長会や女将会の交流が活発となり、互いの成功例の情報交換も行われ、観光課からJR側への働き掛けもあり、JRの観光情報誌に掲載されたことから多くのお客様が来られるようになっている。
社長会恒例の研修旅行はこの数年は歴史ある旅館を訪れる企画を進めており、一昨年は西暦705年創業という日本で一番古い旅館としてギネスブックに掲載されている山梨県の西山温泉「慶雲館」、昨年は西暦717年創業という兵庫県城崎温泉の「古まん」、今年は日本で二番目に古いと言われる石川県粟津温泉「法師」へ行っていた。
それぞれが1300年の歴史があるというのだから驚きだが、温泉という自然の恵みに感謝しながら現在まで継承して来た事実には学ぶべきことが多く、戻って来た時に皆さんが貴重な体験を学んで来たと話していた。
今日は社長会と女将会合同の会合があった。観光課の職員も出席していたが、来賓として迎えたのがJRの最寄り駅の駅長さんで、彼が言われた次の言葉が印象に残った有香だった。
「失礼な発言ですが、アクセスの悪い辺鄙な条件は今後も変わることはないでしょうが、リピーターのお客様を獲得しようと目指す発想と同時に、来られたお客様が『あそこはよい。お勧めだ』と誰かに伝えて貰えるようなインパクトを与えることが大切ではないでしょうか」
その意見は極めて当たり前のことだが、ある専門家が書いた旅行情報の書籍を読んだ時に気になったことを思い出した。「接客業の中で旅館という仕事の重要なことは『人』である。一度利用されたお客様がリピーターになるのは簡単ではない。来られた時にすでに今度はあの旅館に行ってみようと思っていることも多いからだ」ということだが、それも極めて当たり前のことなのである。
温泉とは自然の恵みである。火山と地震の多い我が日本に地球が与えてくれた産物である。何時か枯渇してしまうかもしれないが、1300年という歴史の流れを知って悠久の言葉を思い出した有香だった。
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