ロビーの一角にあるラウンジで女将の里佳が昼食を済ませてコーヒーを飲んでいると、姉妹館の女将が来館。「ちょっと愚痴を聞いてよ」とやって来た。
愚痴というのは前夜の団体のお客様の宴会で発生した考えられない仲居のミス。それで大変なことになってしまったそうだった。
「まさかベテランの仲居がそんなミスをやってしまうなんてそれこそ青天の霹靂で、昨夜は情けなくて眠れなかったの」
ミスというのは宴会の最中に「お酒の追加を」と頼まれた際、厨房からお盆の上に載せてお客様のテーブルへ持参したのは「お銚子」を温めるために湯を入れた状態の物。それを「お酒」として出したのだからお客様が激怒されるのは当たり前のこと。
「酔っ払っていても酒と湯の区別ぐらい出来るぞ。ここは酒と行って湯を出すのか」と発展してしまい、幹事さんから女将が呼び出されて平身低頭謝罪したという事件だったが、飲み物代一切をいただかないことで解決したことを知った。
「謝罪するって本当にエネルギーのいることね。当事者である仲居の単純なミスから発展してしまったのだけど、日頃のマンネリの中で起きたミスは解決が難しいので参ったわ」
問題を起こした仲居は里佳も知る人物だった。もう20年以上も勤務しているベテランで、次期のの仲居頭と予定されている人物だった。
「彼女がそんなミスをするなんて信じられないけど、お客様に悪意がなかったことを伝わるように話せたの?」
「いくら酔われているお客様でも湯を出すことは絶対に考えられないことでしょう。お銚子を温めるために湯が入っていたものを誤って持って行ってしまったことだけはご理解くださったのだけど、料理長からも『仲居の教育をしっかりしてください』と言われたし、昨夜はこれまでの人生で最悪の日となったわ」
新人の仲居なら考えられないこともないが、どうしてベテランの彼女がと不思議に思えてならなかったが、「きっと神様の悪戯なのだわ。それでもっと大きなことを救けて貰ったのかもしれないわ」と慰めた里佳だった。
「女将の仕事っていっぱいあるけど、謝罪するほど疲れることはないわね」と少しだけ元気になったような女将だったが、里佳に打ち明けたことでちょっとだけ気が晴れたことは確かだった。
コメントはこちらから
あなたの心に浮かんだ「ひと言」が、誰かやあなた自身を幸せに導くことがあります。
このコラム「小説 女将、姉妹館の女将の愚痴を聞く」へのコメントを投稿してください。