久し振りに列車に関することを書こう。昔、何度か東京のテレビ局から呼ばれ、ゲスト出演したことがあるが、そんな中にキャスターをされていた「森本毅郎さん」の番組も数回あった。
生放送なので2時間前入りで打ち合わせが行われたが、スタジオは新橋駅前に展示されている「SL」のすぐ近くのビル。地下1階に存在していたので初めて行った時はびっくりしたものだ。
カメラが3台あったが、それらを操るカメラマンは全員が若い女性だったので印象に残っている。
その時にご一緒したのは青春時代のアイドルの一人だった旧芸名「渡辺トモコさん」「清水国明さん」「細川隆一郎さん」で、細川さんが楽しいお話を聞かせてくださったことを憶えている。
私が指名されたのは「葬儀」に関するテーマだったが、何度か呼ばれる内にプロデューサーの人に「大阪から呼ばなくても東京の業者に依頼したら経費が押さえられるのでは?」と質問したら、過去に東京のある同業者に出演して貰った際に大変な問題に発展して困ったという出来事を教えられた。
放送が始まると同時に視聴者からの電話やFAⅩで質問を受ける企画となっていたのだが、司会者にその中のメモを渡して質問したら、頓珍漢なことを応えて抗議の電話が殺到したという事件だった。
収録された番組なら編集でどうにでもなるが、それが出来ないのが生放送の怖さ。電話を受ける窓口で10人ぐらいの女性が担当していたが、さすがに東京をキー局とする番組。1時間で400もの質問が寄せられるのだから凄いものだ。
そんな中にはゲストを困らせようという「恣意」的な「思惟」?があり、答えも分かっている専門家が質問して来るケースで、全てに正直に対応していたら時間を要するので時には次のような言葉も必要だった。
「素晴らしいご質問ですね。感心いたしました。ただ、これにお答え申し上げると10分や20分でも無理で、私が帰阪した頃に会社の方へ直接お電話いただければ対応します」
この対応がテレビ局の最も望んでいたもので、ハプニングが起きないから呼ばれていたことを知るところとなった。
交通費、宿泊費の他に出演料を頂戴したが、私は芸能人ではない所謂「文化人」扱いなのでびっくりするほど安く、源泉として1割引かれて頂戴していた。
結びに新橋駅前に展示されている「SL C11」について触れておこう。設置されたのは鉄道開設から100年記念となった1972年だったが、このSLは関西の「姫新線」や「播但線」を走っていたもので、関東圏を走行したことは1回もなかったそうである。
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