温泉地の宿泊施設でも部屋にあるお風呂は温泉ではないところも多く、「大浴場は温泉ですが、お部屋風呂は温泉ではありません」とお断りをしているところもある。
美春が女将をしている旅館の各部屋にあるお風呂は全て温泉。この温泉地は昔から豊かな湧出量に恵まれているところから売り物の一つにして来たが、最近のホテルや旅館のHPに多い「源泉掛け流し」という言葉の響きは温泉旅館にとっては何より有り難いものである。
10日ほど前に旅行会社から予約が入ったお客様は美春の旅館の最も広くて立派な部屋をご希望されていた。ご夫婦2人で税込み15万円近くになるのだから高額だが、旅行会社の担当者からの情報によるとご主人に軽い障害があるそうで、奥様のお世話で部屋の温泉風呂に入られるのを楽しみにしておられると聞いていた。
大浴場に行かれるのは奥様だけということを知ったが、何かお手伝いが出来ればと考えた美春は厨房に行き、「特別にお願いね」と料理長と相談していた。
ご夫婦がタクシーで到着されたのは午後4時半。ロビーのソファーにお寛ぎいただいて
ウェルカムドリンクを準備、そこでチェックインとなる宿泊カードにご記入を願いながら会話を交わし、何がお好きで何がお嫌いかという情報を聞き出していた。
そこで判明したことはお造りに関してご主人は白身がお好み。奥様は赤身がお好みと判明。またご主人はキノコ類と貝類が苦手だが奥様に偏食はないという事実。その奥様は甘い物が大好物だそうで、デザートに関して食事中に情報を得ることにした。
そんな命が部屋担当の仲居に伝えられたが、これまでに何度か体験したことのあるチームワーク行動で、把握出来た情報は女将を通じて料理長へ伝えられた。
料理コースの中に「女将の歓迎」を表わすメニューが加えられ、その料理がテーブルに出される際には女将直筆のメッセージが添えられていたことを喜んで下さり、美春がお部屋にご挨拶に参上した時には想像もしなかった感謝の言葉を頂戴して恐縮。美春も甘い物が大好きと話したことから盛り上がり、奥様が蜂蜜たっぷりのパンケーキにイチゴが添えられている物が大好物を聞き、料理長は置いてあった「九州パンケーキ」の粉を用いて特別なパンケーキを創作。地元のイチゴ農家でしか入手不可能な特別なイチゴを添えてお出しすると、「最高!」と子供のように喜ばれ、その姿をごご覧になったご主人が表情を崩されて「幸せだなあ」と声を掛けられた。
次の日のチェックアウトの時、奥様は「あのパンケーキだけど、粉は九州パンケーキでしょう?」と言われて驚いた美春だが、料理長は九州パンケーキの情報を詳しく知っており、女将に対してレクチャーをしてくれた、
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